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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

世界文化遺産 長崎市ド・ロ神父記念館(旧出津救助院 鰯網工場)

生涯を外海に捧げたド・ロ神父がもたらしたもの、それは「生きる力」。

マルコ・マリ・ド・ロ神父
平成30年(2018年) 7月20日 村内伸弘撮影


ド・ロ神父(DE ROTZ Marc-Marie)

ド・ロ神父(DE ROTZ Marc-Marie)

1840年 フランス生まれ


1868年6月に来日し長崎で布教。1878年、出津教会主任司祭として赴任し、カトリックに復帰した信者やカクレキリシタンが多く住んでいた外海地区(黒崎教会、出津教会)の司牧の任にあたった。1880年に孤児院を開設し、1883には救助院(黒崎村女子救助院)を設立して授産活動を開始する。1886年には、住民を伝染病から救済するため「ド・ロ診療所」を開設し、社会福祉事業に挺身した。1914年11月6日、大浦天主堂司教館(旧長崎大司教館)建築現場において足場から転落、それが元で持病が悪化し、翌日の11月7日に死去した。遺骸は出津に運ばれ、小高い丘陵にある共同墓地に埋葬された。



出津教会堂で祈りを捧げ、ド・ロ神父が歩いた歴史の小径を辿りながら、長崎市ド・ロ神父記念館に着きました。


長崎市ド・ロ神父記念館


長崎市ド・ロ神父記念館の外観


長崎市ド・ロ神父記念館は昔、出津救助院の「鰯網工場」として利用されていた建物です。一時は幼稚園にもなっていたそうです。※鰯(いわし)


国指定重要文化財  旧出津救助院


【鰯網工場】明治18年(1885年)竣工。鰯網の工場として建設した建物です。翌年から保育所として利用されました。木骨煉瓦造、平屋建、寄棟造、桟瓦葺、桁行 23.8m、梁間 5.6mの主体部の西面に下屋を付けています。キングポスト・トラス小屋組や風防用の石積壁などを特徴とします。保育所の利用は、救助院等で働く人々の子どもが対象で、給食調理も行うなど、国内では極めて先駆的な取り組みでした。


従是南佐嘉(佐賀)領


出津教会堂でガイドさんから聞きましたが、この出津集落が隠れキリシタンに寛大だった佐賀藩の領だったことは、幸運だったようです。


ド・ロ神父像 慈悲深いドロ神父の精神がよく表現されています!


ド・ロ神父像

この像は、旧出津救助院が国の重要文化財に指定されたのを記念して改修したものです。

2004年11月 外海町



祝 世界文化遺産登録
住む人に誇りを、訪れる人に感動を
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産


長崎市ド・ロ神父記念館の入場券とパンフレット


大汗~ 汗ビッショリ
まさに「命にかかわる危険な暑さ」


ちなみにこのド・ロ記念館の受付のおばちゃんによるとここ外海の海に最近、サンゴ礁が育っているそうです。そして、色とりどりの熱帯魚が泳ぎ回っているそうです。日本国、とうとう亜熱帯化しました~ 笑


長崎県の教会堂


ド・ロ神父記念館について

記念館は昭和43年(1968年)11月に開館いたしました。

深い人類愛の精神とすばらしいフロンティア精神をもって、外海地方の産業・社会福祉・土木・建築・医療・移住開拓・教育文化などに奉仕したフランス人宣教師マルコ・マリ・ド・ロ神父の遺品を一堂に収めて、偉業・道徳を永久に顕彰することを目的として記念館を設置しました。記念館は明治18年にド・ロ神父が網すき工場・保育所として用いるために自ら設計・施工した建物で、現在、長崎県指定文化財になっています。


ド・ロ神父は宣教師としてだけでなく、石版印刷の技術を伝えるために 28才で来日、74才でなくなるまでの 46年間を日本ですごし、そのうち 33年間を神と外海の人々に仕えようと意をつくし、貧しく質素な生活を強いられている人々の魂と肉体を救うために数多くの事業をおこないました。


このようなド・ロ神父の示した人間愛の精神を受けつぎ、国際親善と平和の促進をはかるため、町は 1978年(昭和53年)神父の生地であるフランスのヴォスロール村と姉妹都市提携をおこない、フランス語学校や文通を通してより多くの人々との交流を深めています。


ド・ロ神父記念館はこじんまりとした記念館ですが、ドロ神父がこの出津の集落で命の限り、民衆と信仰のために働いた軌跡がよくわかり感動的でした!!


あなたもぜひ、ここ出津集落を訪ねてみてください。
ド・ロ神父の足跡を辿ってみてください。


PS
出津教会堂のポストカードにこんな言葉がありました。すばらしいです!!

ド・ロ神父がもたらしたもの、それは「生きる力」。

ド・ロ神父がもたらしたもの、それは「生きる力」。



▼平成30年7月の長崎旅行


夏の真っ黒な富士山が、長崎行きの飛行機から見えました


通称「よりより」の麻花兒(マファール)、黒崎永田湿地自然公園や永田浜


ドロさまそうめん、長崎の短いしっぽ(短尾)の猫 - 道の駅夕陽が丘そとめ


世界文化遺産 外海の大野集落(大野教会堂)を訪ねました - ド・ロ壁も必見!


世界文化遺産 外海の出津集落(出津教会堂)を訪ねました


世界文化遺産 長崎市ド・ロ神父記念館(旧出津救助院 鰯網工場)


世界文化遺産 ド・ロ神父が設立した旧出津救助院(聖ヨゼフの仕事部屋など)


長崎のうつくしい夕日と長崎電鉄の納涼ビール電車


長崎の忠犬ハチ公「少女と盲導犬の像」 - JR長崎駅前


ツル茶んの真正トルコライスと元祖長崎風ミルクセーキ


ほんとうのオランダ坂と昼の丸山界隈、丸山公園の坂本龍馬像


丸見え長崎電鉄 - 長崎バスターミナルホテルの部屋から見た路面電車


日本二十六聖人殉教地&日本二十六聖人記念館(長崎市西坂公園)


長崎電気軌道 蛍茶屋車庫(蛍茶屋の長崎電鉄車庫)を勝手に見学


長崎の氏神様 お諏訪さん(諏訪神社)へ - 長崎くんちのメイン会場


元祖茶碗むしの長崎「吉宗(よっそう)」で茶碗蒸しと蒸寿しの夫婦蒸しを堪能


JR長崎駅とアミュプラザ長崎のアニバーサリー記念映像の撮影


世界文化遺産 三菱重工長崎造船所資料館(旧木型場)の外観&外部


世界文化遺産 三菱重工長崎造船所資料館(旧木型場)の内部


如己堂(にょこどう)&長崎市永井隆記念館 - 如己愛人 永井隆


長崎市立山里小学校の原爆資料室、あの子らの丘、あの子らの碑


豪華客船 マジェスティック・プリンセス号が日本三大美港・長崎港に停泊していました



▼平成29年7月の長崎旅行


シーボルト先生の長崎へ シーボルト宅跡(鳴滝塾跡)&シーボルト記念館


長崎の昼景 360度パノラマの稲佐山展望台から望んだ長崎市内の様子


長崎 南山手の国宝・大浦天主堂 ブルーアワー、ライトアップされた日本最古の教会(世界遺産候補)が美しく煌めく!


長崎は港街&斜面都市 1000万ドルの長崎の夜景!グラバースカイロードから見た世界新三大夜景


長崎 東山手の領事館の丘 石橋電停からオランダ坂を登り、長崎外国人居留地時代の石畳の坂道と石垣へ


長崎レトロ!夜の長崎の街 鉄道発祥の地、長崎新地中華街、浜町アーケード


長崎の眼鏡橋は日本三名橋!ライトアップされた美しい石造り二連アーチ橋


長崎の風情 チンチン電車・長崎電気軌道、和華蘭文化、APAホテルで全額返金に当選~ん!


長崎から諫早へバスの旅、夏の大村湾(琴の海)、長崎ちゃんぽん



▼平成30年4月の長崎旅行


空の上から見た笠雲の富士山とディズニーランド。長崎空港到着


長崎港の豪華客船、長崎新地中華街、湊公園、唐人屋敷跡、皿うどん


長崎は鎖国時代の西洋に開かれた唯一の窓口!夜の出島和蘭商館跡と出島橋


夜の長崎柳小路通り、夜の思案橋。福砂屋前でシャボン玉を吹くおねえさん


日本三大花街・夜の丸山界隈(丸山花街)、高島秋帆旧宅など


長崎電鉄(路面電車)の写真撮影会と停留場名称変更情報


死者73,884人 - 長崎平和公園で世界平和を願う。平和祈念像とチリンチリンアイス


浦上天主堂(カトリック浦上教会)は「神の家」、魂のよりどころ


祈りのゾーン。長崎の原子爆弾落下中心地と鉄輪樹の木と折り鶴 - 1945 8.9 11:02


ナガサキ: 長崎原爆資料館で涙しました 悲しき別れ-荼毘(A sad farwell)と永井隆博士の如己愛人


ナガサキ: 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館で永遠の平和を祈りました


学びのゾーン。長崎市歴史民俗資料館(原爆殉難教え子と教師の像・長崎古賀人形)


キリシタン墓地の聖母マリア像に心打たれる。浦上天主堂を望む風渡る丘の上の経の峰共同墓地で


長崎山王神社の一本柱鳥居(原爆で片方が吹っ飛んだ二の鳥居)


被爆クスノキ 原爆の爆風と熱線に耐えた長崎山王神社の大クス


長崎・浜市アーケードを「浜ぶら」、岩崎本舗の長崎角煮まんじゅうを一気に飲み込む!うまい!!


長崎の坂 7大有名坂の地図と写真 + 長崎喧嘩騒動の天満坂


【長崎世界遺産の美しい動画】必見!祝・世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」



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