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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

如己堂(にょこどう)&長崎市永井隆記念館 - 如己愛人 永井隆

平和の使徒、浦上の聖者、永井隆博士(1908 - 1951)

如己堂(にょこどう)
平成30年(2018年)7月23日 村内伸弘撮影


如己愛人(永井隆)
平成30年(2018年)7月23日 村内伸弘撮影



如己堂・・・己の如く人を愛す、という意味を名にとったこの家は、家も妻も財産も職業も健康も失って、ただ考える脳、見る目、書く手だけをもつ廃人の私を、わが身のように愛してくださる友人が寄って建ててくださった。そして今にいたるまで、その数々の友の如己愛は絶えずこの家に注がれ、それによって廃人の私は生命を確かにつないできた。寝たきりの私と幼い2人の子とが、ひっそり暮らすにふさわしい小屋である。」

パンフレット「永井隆博士の生涯」より引用



▼今年4月の長崎旅行の記事


今年 4月、長崎原爆資料館で永井隆博士の「如己愛人(にょこあいじん)」という言葉と思想を知って、今回の旅では如己堂と長崎市永井隆記念館を絶対訪れようと決めていました。


長崎造船所から JR長崎駅に戻ってきて、路線バスに乗り如己堂へと向かいます!


長崎 旭大橋から望んだ JR長崎駅方面
手前の駐車場あたりが長崎新幹線の終着駅のターミナルになる予定です。


長崎のバス路線図


長崎バス  市街地路線図
どうしても、僕のような旅行者は長崎に行くと、路面電車に乗ってしまうんですが路線バスももちろん市内をくまなく回っているのでこれからはうまく使いたいと思います(^^)


JR長崎駅前に次々にやってくる長崎バス


如己堂近くへ行くバスはがら空きでした。


JR長崎駅のバス停から大橋というバス停まで路面電車と併走して走ります。


長崎バス 大橋バス停


如己堂はこの大橋バス停から歩いてすぐです。


と言っても、今日もメッチャ暑いのでほんのちょっと歩くだけでもけっこうキツイですけどぉ~


浦上街道 写真右が大橋バス停


サントス通り


浦上川


サントス通りの青い空と白い雲


長崎市の花 あじさい


サントス通り


第14回 長崎原爆と戦争展


先賢行列 長崎さるき  踊る、さるき!


このゆるやかな坂を登ってきました。「永井坂」というようです。



如己堂、到着~

如己堂(にょこどう)


長崎市名誉市民、永井隆医学博士の病室兼書斎。

島根県出身の永井博士は、長崎医科大学卒業後、放射線医学を専攻した。当時は結核患者が多く、医療機器も不十分だったことから、放射線を過量に受け、「慢性骨髄性白血病、余命3年」と宣告された。

その2ヶ月後、原爆を被爆し大けがを負って、妻までも失ったが、被災者の救護活動に積極的に取り組み、ついには寝たきりとなってしまった。

しかし、科学者としての不屈の研究心とカトリック信徒としての厚い信仰心もあって、病床にありながら十数冊もの著書を執筆した。

博士は、この建物を「己の如く隣人を愛せよ」との意味から「如己堂」と名づけ、ここで 2人の子どもと生活した。そして、ここから世界中の人々に戦争の愚かさと平和の尊さを発信し続け、昭和26年(1951年)5月1日、43歳で永眠した。

博士の恒久平和と隣人愛の精神は、今も多くの人に受け継がれておリ、如己堂はその象徴となっている。


長崎市教育委員会


御衣黄(緑の桜)


緑の桜というのは初めて知りました。


如己堂


「帳方屋敷」(如己堂のところ)について


玉の緒の命の限り 吾はゆく 寂かなる 真理探究の道 永井隆


如己(にょこ)→「己の如く隣人を愛せよ」



如己(にょこ)
己の如く 人を愛せよ


これは難しいです!
これは本当にむずかしいです!!


これを命をかけてまで実践した永井博士はすごいです!!!!



天使像



如己堂内の十字架


如己堂の内部


すっごく狭い空間です。ホント狭いです。
でも、思想の気高さは場所の広い狭いじゃないんだと思います。


永井隆博士はこの畳二枚の病床で世界平和を訴えたのです!!


父永井隆(1908-1951)

原子爆弾被爆の長崎医科大学放射線専門医。

畳二枚の病床「如己堂」で「長崎の鐘」「この子を残して」などを書き原子爆弾・核兵器使用反対、世界平和を訴えた。

被爆地長崎に足跡を残したあなた、これからもその足で世界を歩いてください。

長崎市立永井隆記念館館長 永井 誠一(まこと)



永井隆博士のデスマスク  富崎利親氏 制作  1951年5月2日


ルハンの聖母(Nuestra Senora de Lujan)


病床の永井博士


笑顔の永井博士


横から見た如己堂



続いて、如己堂の真横にある長崎市永井隆記念館に入っています。


長崎市永井隆記念館


永井隆平和賞


記念館入口


この写真の永井博士の表情がすばらしいです。こういう表情に男だったらなってみたいものです。。。。


平和の輪 つなげていこう 来世まで


如己愛人【自分を愛するように人も愛しましょう】


わがいとし子よ。汝の近きものを 己の如く愛すべし(聖書:マルコ12章31節より)


そなたたちに遺す私の言葉は、この句をもって始めたい。

そして恐らく終わりもこの句をもって結ばれ、ついにすべてがこの句にふくまれることになるだろう。



博士直筆書画 どん底に大地あり 永井 隆


どん底の生活からこそ幸福は生み出され、育て上げられていくのだという思いからしたためられたものだそうです。



吉田茂名の表彰状

表彰状

永井 隆


常に危険を冒して放射線医学の研究に心血を注ぎ遂に放射線職業病の一つである慢性骨随性白血病の犯すところとなったがなお不屈の精神力を振い起して職務に精励し学界に貢献したことはまことに他の模範とすべきところであるたまたま原子爆弾のため負傷し病床につく身となった後は著述に力を尽くし、「長崎の鐘」「この子を残して」等幾多の著書を出して社会教育上寄与するところ少なくその功績顕著であるよってここにこれを表彰する


昭和二十五年六月一日

内閣総理大臣 吉田 茂


原爆で焼けただれた緑夫人のロザリオ


緑夫人のロザリオ(赤い部分はサンゴ)


真ん中に十字架が見えます。。。


緑夫人が原爆で亡くなったことを表す「爆死証明書」



お互いに許しあおう・・・お互いに不完全な人間なのだから
お互いに愛しあおう・・・お互いにさみしい人間なのだから
けんかにせよ、闘争にせよ、戦争にせよ、あとに残るのは後悔だけだ。
(「平和塔」より)


「平和を」の都市宣言 島根県雲南市


島根県雲南市 永井隆平和賞 入賞作品集のファイル


己の如く人を愛することは、とても難しいことです。他人の為に自分の身を犠牲にすることは、尚難しく、簡単に出来ることではありません。


如己愛人って何だろう。どうしたらできるんだろう。博士はどうして迷わず人のために行動できたのだろう。


焼けたロザリオ(聖母の騎士社)


コルベ神父は人の身代わりになって・・・人の身代わりになって死んだ


▼聖母の騎士社の聖コルベ館 館長 小崎登明館長





隆の遺体は、次の日、如己堂にもどされました。


隆はすでに長崎名誉市民称号第一号を授与されていましたので、長崎市ではじめての市民葬として葬儀をおこなうことになりました。

浦上教会でおこなわれた告別式には、約二万人の市民が参加して、別れをおしみました。


告別式が終わると、浦上教会の鐘をはじめ、市内の教会や寺院の鐘、市役所、工場のサイレン、長崎港の船の汽笛が哀悼の気持ちを表すために鳴らされ、長崎市内に響きわたりました。また、外国からも多くの手紙が届きました。


隆の墓は、長崎市坂本町の外人墓地入り口のすぐ脇に用意してありました。墓石は水平で、「パウロ永井隆」「マリア永井緑」と刻まれていました。墓石が水平なのは、隆は生きているとき、こんなことを言っていたからです。


「私の墓に来てくださる方がいるかもしれない、そのとき石碑を見あげていただいては気の毒だ。わたしは見あげられるようなこともしていないし、見あげてもらうほどの人物でもない。わたしの墓は石碑を立てない。永井隆とはこういう人物か、と見おろしてもらい、その人よりも下の方にいるために、地面に自分の名を置くよ。」(永井誠一著「長崎の鐘はほほえむ」)


隆が頼んで作ってもらった二枚の石板のうちの一枚には、「われは主のつかいめなり、おうせのごとくわれになれかし」と刻-まれていました。


これは、「わたしは神さまに仕えるものです。おっしゃった通りになりますように」という意味です。聖書にある聖母マリアの言葉で、隆が毎日、何十回、何百回と念じていた祈りの言葉の一部です。

また、もう1枚には、「われらは無益なしもべなり、なすべきことをなしたるのみ」と刻まれていました。


これは、「わたしたちは役に立たない召使いです。ただすべきことをしたにすぎません」という意味で、これも聖書の言葉です。


この子を残して 永井 隆


記念館で僕はこの本を買いました。
僕が買った文庫本の帯にはこう書かれていました。

原爆により死を宣告された父がわが子に残す遺訓書

ベストセラー 19刷




永井隆博士の生涯
長崎市名誉市民(第1号)
・人類愛に満ちた研究者(医学博士)
・世界の平和を祈る人
・作家 そして父


平和を 長崎 永井隆
長崎市永井隆記念館 個人観覧券


如己堂近くの榎純正堂(えのきじゅんせいどう)
創業弘化元年・一口香総本家


永井坂にノウゼンカズラが咲いていました。


博士の精神よ、永遠に。



▼平成30年7月の長崎旅行


夏の真っ黒な富士山が、長崎行きの飛行機から見えました


通称「よりより」の麻花兒(マファール)、黒崎永田湿地自然公園や永田浜


ドロさまそうめん、長崎の短いしっぽ(短尾)の猫 - 道の駅夕陽が丘そとめ


世界文化遺産 外海の大野集落(大野教会堂)を訪ねました - ド・ロ壁も必見!


世界文化遺産 外海の出津集落(出津教会堂)を訪ねました


世界文化遺産 長崎市ド・ロ神父記念館(旧出津救助院 鰯網工場)


世界文化遺産 ド・ロ神父が設立した旧出津救助院(聖ヨゼフの仕事部屋など)


長崎のうつくしい夕日と長崎電鉄の納涼ビール電車


長崎の忠犬ハチ公「少女と盲導犬の像」 - JR長崎駅前


ツル茶んの真正トルコライスと元祖長崎風ミルクセーキ


ほんとうのオランダ坂と昼の丸山界隈、丸山公園の坂本龍馬像


丸見え長崎電鉄 - 長崎バスターミナルホテルの部屋から見た路面電車


日本二十六聖人殉教地&日本二十六聖人記念館(長崎市西坂公園)


長崎電気軌道 蛍茶屋車庫(蛍茶屋の長崎電鉄車庫)を勝手に見学


長崎の氏神様 お諏訪さん(諏訪神社)へ - 長崎くんちのメイン会場


元祖茶碗むしの長崎「吉宗(よっそう)」で茶碗蒸しと蒸寿しの夫婦蒸しを堪能


JR長崎駅とアミュプラザ長崎のアニバーサリー記念映像の撮影


世界文化遺産 三菱重工長崎造船所資料館(旧木型場)の外観&外部


世界文化遺産 三菱重工長崎造船所資料館(旧木型場)の内部


如己堂(にょこどう)&長崎市永井隆記念館 - 如己愛人 永井隆


長崎市立山里小学校の原爆資料室、あの子らの丘、あの子らの碑


豪華客船 マジェスティック・プリンセス号が日本三大美港・長崎港に停泊していました



▼平成29年7月の長崎旅行


シーボルト先生の長崎へ シーボルト宅跡(鳴滝塾跡)&シーボルト記念館


長崎の昼景 360度パノラマの稲佐山展望台から望んだ長崎市内の様子


長崎 南山手の国宝・大浦天主堂 ブルーアワー、ライトアップされた日本最古の教会(世界遺産候補)が美しく煌めく!


長崎は港街&斜面都市 1000万ドルの長崎の夜景!グラバースカイロードから見た世界新三大夜景


長崎 東山手の領事館の丘 石橋電停からオランダ坂を登り、長崎外国人居留地時代の石畳の坂道と石垣へ


長崎レトロ!夜の長崎の街 鉄道発祥の地、長崎新地中華街、浜町アーケード


長崎の眼鏡橋は日本三名橋!ライトアップされた美しい石造り二連アーチ橋


長崎の風情 チンチン電車・長崎電気軌道、和華蘭文化、APAホテルで全額返金に当選~ん!


長崎から諫早へバスの旅、夏の大村湾(琴の海)、長崎ちゃんぽん



▼平成30年4月の長崎旅行


空の上から見た笠雲の富士山とディズニーランド。長崎空港到着


長崎港の豪華客船、長崎新地中華街、湊公園、唐人屋敷跡、皿うどん


長崎は鎖国時代の西洋に開かれた唯一の窓口!夜の出島和蘭商館跡と出島橋


夜の長崎柳小路通り、夜の思案橋。福砂屋前でシャボン玉を吹くおねえさん


日本三大花街・夜の丸山界隈(丸山花街)、高島秋帆旧宅など


長崎電鉄(路面電車)の写真撮影会と停留場名称変更情報


死者73,884人 - 長崎平和公園で世界平和を願う。平和祈念像とチリンチリンアイス


浦上天主堂(カトリック浦上教会)は「神の家」、魂のよりどころ


祈りのゾーン。長崎の原子爆弾落下中心地と鉄輪樹の木と折り鶴 - 1945 8.9 11:02


ナガサキ: 長崎原爆資料館で涙しました 悲しき別れ-荼毘(A sad farwell)と永井隆博士の如己愛人


ナガサキ: 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館で永遠の平和を祈りました


学びのゾーン。長崎市歴史民俗資料館(原爆殉難教え子と教師の像・長崎古賀人形)


キリシタン墓地の聖母マリア像に心打たれる。浦上天主堂を望む風渡る丘の上の経の峰共同墓地で


長崎山王神社の一本柱鳥居(原爆で片方が吹っ飛んだ二の鳥居)


被爆クスノキ 原爆の爆風と熱線に耐えた長崎山王神社の大クス


長崎・浜市アーケードを「浜ぶら」、岩崎本舗の長崎角煮まんじゅうを一気に飲み込む!うまい!!


長崎の坂 7大有名坂の地図と写真 + 長崎喧嘩騒動の天満坂


【長崎世界遺産の美しい動画】必見!祝・世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」



▼平成30年8月の長崎旅行


笠雲の富士山&上空の白い雲を抜けるとそこはハウステンボスであった


長崎古版画(長崎絵)のオランダ人と長崎県営バスターミナル


長崎・本河内ルルド(前編) ルルド参道のロザリオの十五玄義レリーフ


長崎・本河内ルルド(後編) ルルドの洞窟 / ルルドの泉


長崎・聖母の騎士の聖コルベ像 「コルベ神父は美しい魂を神に返した。」


長崎・聖コルベ記念館(聖者コルベ師資料室)で "愛の殉教者"コルベ神父の生き様と死に様を知る


九州の絶景!雲仙(雲仙岳)と橘湾を海辺の集落から望む


和泉屋 長崎カステラランドはカステラ夢の国!海の見えるトイレも気分いい~!


島原半島ドライブ 赤い土、軍神!橘中佐の銅像、千々石ミゲル生誕の地


冬瓜をくれた雲仙の優しいおばさんと猿葉山、緑の棚田、橘湾の夕陽


雲仙地獄めぐり - 清七地獄、お糸地獄、大叫喚地獄、キリシタン殉教記念碑など


雲仙温泉 - 九州・長崎の人気温泉地を歩く


カステラの切れ端と温泉レモネード(うんぜんレモネード)が雲仙温泉での朝食


日本の棚田百選の地!清水棚田展望台(雲仙市千々石)&目付石棚田。長崎は棚田が美しい


雲仙地獄の温泉たまご。雲仙名物!地獄蒸しだからウマい!


雲仙岳と緑の田んぼの最高のコラボレーション!


北村西望記念館/西望生誕之家(西望公園)- 北村西望の彫刻、水彩画、書などなど


有馬キリシタン遺産記念館(原城跡見学の前に立ち寄るのがベスト)


「雲仙普賢岳大噴火」の生々しい話を原城のお土産物屋さんで聞けました


世界文化遺産 原城跡 - 天草四郎の墓碑・天草四郎の像


日野江城跡とキリシタン墓碑/吉利支丹墓碑(南島原市 旧西有家町)


絶品!長崎・牛右衛門のワンポンドステーキ(450g)


2018長崎とっとっと祭り 花火と荻野目洋子、長崎のシャネルズ!


夜の長崎港、出島ワーフとちりんちりんあいすの移動販売車(屋台)


三八ラーメンで皿うどん。うま甘い~!長崎の夜のシメうどんw


真夏の長崎市内散策 - 気分は遠藤周作?野口彌太郎?


長崎歴史文化博物館で長崎の歴史や文化のすべてが体系的に、時系列で理解できる


長崎・上野彦馬の写真館「上野撮影局」で撮った坂本龍馬と僕のツーショット写真


長崎おきあがりこぼし展(長崎歴史文化博物館)が実にすばらしかった!


続・真夏の長崎市内散歩、これぞ長崎さるく。


「身代わりの愛」 大浦聖コルベ館でコルベ神父の「愛」を知る


長崎和牛バーガー「白バーガー」と世界遺産ホットドッグ「そろばんドッグ」


世界遺産 大浦天主堂(キリシタン博物館)は歴史文化都市・長崎のシンボル


長崎空港よかとこばい 長崎の夕焼けと長崎の鐘「幸せの鐘」



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