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シーボルト先生の長崎へ シーボルト宅跡(鳴滝塾跡)&シーボルト記念館

シーボルトの胸像

日本人と日本の文化をこよなく愛したシーボルト先生の胸像
平成29年(2017年) 7月1日 村内伸弘撮影


シーボルトの肖像(エドアルト・キヨソネ作)

生涯を日本の研究と紹介に捧げた日本研究家・シーボルト先生の肖像(キヨソネ作)


シーボルト記念館

シーボルト記念館
平成29年(2017年) 7月1日 村内伸弘撮影



長崎へ行きました。
昭和54年(1979年)以来だと思うんで、なんと約40年ぶりの長崎です。前回はおじいちゃんとおばあちゃんに連れられて長崎に行きました。正直、小学生の頃の思い出なので、おぼろげながら覚えている程度です。今回が初長崎といっても過言ではないです(^^)



4時25分京王八王子発のリムジンバスで羽田空港に着きました。羽田 7:40発 長崎 9:30着の JAL605便に乗って、これから長崎に向かいます。


飛行機は窓側に限ります。絶対窓側ですね、窓側がベストです。


海が光っています!


あっと言う間に長崎上空です。諫早市上空(橘湾近く)


諫早市上空: 井樋ノ尾岳(写真中央上部)をぐるりと巻くように走る長崎自動車道


諫早市上空(写真中央のグラウンドはなごみの里運動公園)


空から見る長崎はとても美しいです。向こう側は諫早市。


穏やかな海(琴の海)大村湾!大村湾に浮かぶ長崎空港まであと僅か。昭和50年(1975年)5 月、長崎空港は世界で初めて海の上に建設された海上空港です。


長崎空港着陸~


長崎空港


長崎空港の鐘


空港で出迎えてくれたのは中国人風の人形


長崎くんちの龍踊り(じゃおどり)の龍の張り子


長崎空港の外観


長崎空港から長崎駅前へのバスの路線図


ちょっと野暮用があったのでバスじゃなくって、今回はレンタカーを借りました。トヨタレンタカーの一番安いヤツ 笑
このあと数時間、長崎県内を走り回りました。



さあ、野暮用を終えて、待望のシーボルト記念館へレッツラゴー!


シーボルト記念館専用駐車場


県立鳴滝高校脇にシーボルト記念館専用駐車場はありました。


この狭いシーボルト通りを歩いて通り、シーボルト記念館に向かいます。


シーボルト通り


まずはシーボルト宅跡に到着。
シーボルトん家(ち)です 笑


国指定史跡

シーボルト宅跡(鳴滝塾跡)


文政6年(1823年)に出島和蘭商館医として来日したシーボルトは、翌年鳴滝に塾を開き、患者の診療や、門弟に対する教育活動、日本研究活動などを行いました。全国各地から集まった門弟達は、西洋の進んだ学問や科学的な思想を学び、中には幕末に活躍した蘭方医や、日本の近代化に大きく貢献した人物も少なくありません。その一方で、動物や植物をはじめとする日本のあらゆるものを対象として科学的に調査・研究を行い、後年その成果をまとめ、ヨーロッパにおいて日本を正しく紹介することに努めました。


また、開国後の安政6年(1859年)再来日を果たしたシーボルトは、この地を日本における住まいとし、日本各地の珍しい植物を取り寄せて植物園を造るなど、再び鳴滝を拠点として日本研究を継続しました。この地は、我が国における西洋近代科学発祥の地であると共に、日本が広くヨーロッパに紹介された研究活動の拠点であり、日本の近代化並びに国際交流に大きな役割を果たしました。


国指定史跡 シーボルト宅跡(鳴滝塾跡)


シーボルト宅写真

シーボルト宅写真


1859年~1861年だから、もし約160年前にこの地を訪れたならば、この家の中から「コ・ン・ニ・チ・ワ」とシーボルトが出てきたわけですね!シーボルトとかポンペ先生とか、当時の日本人からすると「神」のような人たちだったんだと思います。まだ、僕らの先輩は坂の上の雲を目指していた時期ですから。


シーボルト胸像


シーボルトはアジサイを好んだようです。


シーボルトノキ(クロウメモドキ)という木がありました!


シーボルトノキ(クロウメモドキ)


こっちにもシーボルトノキ(クロウメモドキ)がありました。


シーボルトノキの説明板


まあ、僕・村内伸弘にとっての「ムラウチイ」みたいなもんですね 笑



シーボルト先生之宅址碑
明治30年にシーボルト宅の礎石を利用して設置された石碑。


シーボルト宅跡。そんなに広くありませんよ~
大邸宅ではなかったですね。


大正13年(1924年)に製作された初代の胸像は大東亜戦争の時の金属供出で失われてしまったそうです。。。この胸像は昭和38年(1963年)に長崎図書館に残っていた石膏型を使って復元されたものだそうです。シーボルト先生、大復活~☆


シーボルト胸像


シーボルトの胸像、カッコイイですね。


DR. VON SIEBOLD


シーボルトと鳴滝塾・アジサイ


1823年(文政6年)出島オランダ商館医として来日したシーボルトは、翌年長崎奉行の許可を得て、この鳴滝の地に学塾を開きました。シーボルトは、鳴滝塾で患者の治療や、全国各地から集まった多くの門弟たちに西洋の進んだ学問や科学的な思想を教え、その一方で門弟たちの協力を得ながら積極的に日本研究を行いました。ここに学んだ門弟たちの中には、その後幕末に活躍した蘭方医も多く、鳴滝塾は、我が国における西洋近代科学発祥の地として、日本の近代化に大きな役割を果たしました。


シーボルトは、日本の植物について積極的に研究を行っており、ヨーロッパに帰った後「日本植物誌」を出版しましたが、このなかでアジサイ属に関して多く取り上げています。特に、日本における妻お滝さんにちなんで、アジサイの学名を「ハイドランゲア・オタクサ(Hydrangea Otaksa Sieb.)」と名づけたことは大変有名な話です。美しく咲くアジサイに最愛の人の面影を重ねたのか、シーボルトの人柄が偲ばれるエピソードです。



そんなスゴイ私塾(シーボルトの「鳴滝塾」)がここにあったなんて、信じられません。


シーボルト宅跡  夏草や 兵どもが 夢の跡(芭蕉)


あじさいの里 鳴滝


この短い坂道を上るとシーボルト記念館です。


少し坂を上ったところから見たシーボルト宅跡


ジャーン!この赤いレンガ建ての建物がシーボルト記念館です。


シーボルト通り(Siebold Street)


シーボルト記念館前のシーボルト通りから見た現代の鳴滝の様子。


シーボルト通りとシーボルト記念館


はい!シーボルト記念館に到着しました。


シーボルト記念館は日本の近代化に貢献したシーボルトを顕彰するために長崎市が開設した記念館です。建物はオランダ・ライデン市にあるシーボルトの旧宅を、玄関はシーボルトの祖父であるカール・カスパルの旧宅を模して造られているそうです。
平成元年(1989年) 10月1日開館。


かわいらしい(いかつくない)シーボルトの銅像が立っていました。


若き日のシーボルト像(富永直樹作)



シーボルト記念館前から見た現代の鳴滝の様子。


シーボルト記念館の入口


顔はめパネルのようなのですが、はめられないようです(笑)
まあ、一人で行ったのではめる気もありませんけどね~


Siebold Memorial Museum / シーボルト記念館


タキとは楠本タキ。シーボルトの日本での奥さん(愛妻)
イネとは楠本イネ。シーボルトとタキの娘さん


ずいぶん昔、司馬遼太郎の講演録で「(吉田)松陰の優しさ」という文章を何度も何度も繰り返し読んだ時期があったんですが、確かその中でおイネさんが村田蔵六(大村益次郎)やポンペ先生と一緒に出てきたのを覚えています。だから僕はこのシーボルトとタキの一人娘を「イネ」ではなく、「おイネさん」と呼びたいです。


蘭学をやるなら宇和島へ行け」なんて言葉もこの文章の中にあったのですが、この宇和島藩の歴史を物語る言葉も 20年近くなぜかぜんぜん忘れられません。どういうわけか常に頭の中で生き続けています。



両方とも肖像はエドアルト・キヨソネ作 1875年(明治8年)

フリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp.Franz.von Siebold)は、江戸時代の日本に西洋医学や博物学を伝え、科学的な総合調査にもとづきヨーロッパに日本を広く紹介しました。シーボルトは、出島と鳴滝塾を中心に日本の研究と日本人に対する西洋医学(蘭学)教育を行いました。


記念館の中に展示され説明されていましたが、鳴滝塾には、日本全国から俊英の学者や門人が集まったそうです。ここ鳴滝はまさに日本の近代医学発祥の地と呼ぶに相応しい場所だと思います!



記念館の展示は充実していました。シーボルトという人物のことが非常によく理解できました。わざわざ長崎まで来て、訪れてみて良かったです。長崎はやっぱり奥深いです!



シーボルト記念館前から見えた鳴滝の川。


さようならシーボルト記念館。


こっち側からみても素敵です☆



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