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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

玉之浦椿の楊枝入れのお土産を福江港ターミナルで買いました♪♪

五島旅客船の高速船「ニューたいよう」で奈留港~福江港へ!玉之浦椿(たまのうらつばき)の本場・長崎県五島市の福江島でステキな記念品を見つけました

お土産に買った玉之浦椿の楊枝入れ


奈留港から福江港に向うニューたいようの波しぶき


浮体式洋上風力発電 1/100模型 福江港ターミナル
令和3年(2021年) 4月24日 村内伸弘撮影


ユーミンがそのうつくしさを歌い上げた "世界遺産の島" 奈留島ともお別れです


奈留港(長崎県五島市 奈留島)


定期船「ニューたいよう」がやってきました


「ニューたいよう」 五島旅客船 


このニューたいようにツアー客みんなで乗って福江島に戻ります


奈留島、うつくしい島だったな~☆


ステキな島だったな~

僕らを乗せたニューたいよう出航します


ニューたいようの船内


ニューたいよう船内に貼ってあったポスター


ニューたいよう、しぶきを上げて進みます


しぶきを上げて、ほほほいのほい♪♪


見えますか~?中央左に見えているのが日本で初めての浮体式洋上風力発電所です


福江島、あっという間に近づいてきました


福江港(長崎県五島市 福江島)
見えますね、港の背後に福江島のシンボル・鬼岳(おにだけ)が!!


海上から見る風景って、その土地や建物をより美しく見せてくれますよね


船が係留されます


ニューたいようの船内、こんな場所がありました。土禁みたいなので寝っ転がって船旅ができそう♪♪



若松 - 郷ノ首 - 土井浦 - 奈留 - 福江
上五島と下五島をつなぐこの航路を見ると、旅心がめちゃくちゃ刺激されますね!今回下五島を旅しているので、次回は上五島ですね!


福江港に係留されたニューたいよう


福江港ターミナル


Fukue Port(福江港)


(左)上坂樹里 (右)森七菜
右の森七菜さんは新海誠監督の映画「天気の子」のヒロイン役に抜擢されてブレイクした女優さんですよね。個人的にはどっちも甲乙捨てがたい!どっちもストライクゾーン 笑


福江港のジェットフォイル (福江-長崎)の乗船券売り場


6,630円で長崎港に戻ります


ジェットフォイル乗船券 福江→長崎 16:30発


福江港はすごいです。この総合時刻表を見るとわかりますが、いろいろなところへ航路がつながっています。


福江港ターミナル内のお土産物屋さんでこの本を衝動買いしました!!

まぼろしの椿 玉之浦 -五島の椿の発見と将来- 発行   NPO法人カメリア五島


玉之浦椿のタオル


箸置きも可愛らしい椿です。買おうか買うまいか迷ったんですが、玉之浦じゃなかったんで買いませんでした。もし白覆輪が入っていれば "衝動的に"買っちゃったと思います


そして僕が衝動的に買ってしまったのはコレです♪♪

玉之浦椿の楊枝立て


福江港ターミナルで売っていた玉之浦椿の楊枝立て(見本)

玉之浦椿のようじ立て
Camellia toothpick stand
※価格は 2021年4月現在




買いましたーーっ!

玉之浦椿の楊枝立ての上面


玉之浦椿の楊枝立ての底面


玉之浦椿の楊枝立ての側面



買った楊枝立てが入っていた袋

五島市のイメージキャラクターが勢ぞろい
左からバラモンちゃん、ごとりん、つばきねこ


チーズ饅頭 五島浪漫の椿のイラスト


福江港の桟橋案内図


やっぱり椿!ステキ~☆


題名「離島の天主堂」
福江島の堂崎教会ですね


濃紅色に白覆輪の花が美しい 玉之浦椿 「濃紅色に白覆輪の花が美しい」


購入した「まぼろしの椿玉之浦」の包装紙


これは旧五輪教会です!

包装紙がアートしちゃってますよ!



ターミナル内のレストランで出航前にアジフライ定食を食べまーす

食べる幸せこそが、人生の幸せ 笑


アジフライ、最高~☆


大自然とともに歴史と文化が息づく島 五島市

大自然とともに歴史と文化が息づく島 五島市

五島列島は、九州長崎の西方約100キロメートルに浮かぶ大小 140余りの島々から構成されています。中でも福江島は東西 45キロメートル、南北 30キロメートルの五島列島最大の島です。


その歴史は古く、奈良・平安時代には遣唐使船最後の寄港地として知られ、万葉集にも歌われています。弘法大師空海ゆかりの地でもあり、玉之浦町「大宝寺」、福江「明星院」など多くの足跡が残されています。


中世以降は海外貿易の中継拠点として、また五島藩 1万2500石のお膝元として栄えました。島には今なお城跡や武家屋敷など数多くの歴史遺産が残っています。


数々の歴史の中でも、素朴な風土やキリシタンの歴史を物語る多くの古いカトリック教会は、五島ならではの風情を感じさせてくれます。海に面して建てられた教会からは、厳しい弾圧の中、守り続けた信者たちの深い信仰心が伝わってくるようです。


2007年1月には文化庁が長崎の教会群とキリスト教関連遺産のユネスコ世界遺産(文化遺産)暫定リスト入りを決めました。長崎県内の 20箇所ある構成資産のうち、五島列島では 6箇所の教会群が暫定リスト入リをしています。


日本で一番美しいといわれる高浜海水浴場などの砂浜、今も人々の暮らしに息づく教会、雄大な景観が心を癒す大瀬崎灯台など、大自然とともに歴史文化あふれる島です


長崎県五島市・(社)五島市観光協会


当協議会では旧日本海軍の海没処分された潜水艦を通じて、平和への思いを発信する資料館の五島への建設を目指しています。
当時世界最大潜水艦伊号400型を含む 24隻(五島列島沖に沈む)資料館建設推進協議会


あとは長崎港への出航を待つばかり
ああ、福江の港、忘れられない港になりそうです


最後に福江港のターミナル内の様子をご覧ください


福江港ターミナルに貼ってあった五島の四季・春夏秋冬の 4種類のポスター

ひとたび五島 一度、春の陽気な五島へ
鬼岳と鐙瀬溶岩海岸


ひとたび五島 一度、夏の楽しい五島へ
高浜海水浴場


ひとたび五島 一度、秋の静かな五島へ
江上天主堂と旧五輪教会堂


ひとたび五島 一度、冬の美しい五島へ
大瀬埼灯台


うわーっ!
春も、夏も、秋も、冬も、
いつ来ても五島はすばらしいんですね!
このポスターで五島の四季のうつくしさがよくわかりました♪♪




五島キリシタンの歴史

日本へのキリスト教伝来は、フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸した 1549年、五島では、1566年1月中頃、福江島に入った 2人の修道士によって宣教が始まりますが、厳しい状況下での懸命の活動でした。


そして、1614年、徳川幕府の禁教政策で、日本国内から司祭たちが追放され、国内でキリシタンたちが殉教していたとき、五島でも、1624年に殉教者がでたことがヨーロッパの記録に残されていますが、やがて、五島のキリシタンについては何も語られなくなります。


ところが、1797年、五島藩主が大村藩主に開拓民を要請し、大村藩の外海地方から、結果的に 3,000人あまりの人々が海を渡り、五島各地に集落をつくりましたが、彼らの多くは、実はキリシタンだったようです。表面上は仏教徒を装い、再び、司祭が戻り、自由に信仰することができる日が来ることを信じて、畑を耕し、漁をしながら、洗礼を授けオラショ(祈り)をする生活をしていました。


そして、幕末、長崎の居留地の外国人のためにできた教会堂で、五島のキリシタンは、持ち望んでいた司祭と会いますが、いまだにキリスト教は禁じられており、1867年に浦上でキリシタンに対する追害がはじまると五島にも同様に追害が起こりました。しかし、徳川幕府と同じ禁教政策をした明治政府は諸外国の批判を受けて、1873年、禁教の高札を撤去し、キリスト教を信仰することを黙認しました。


こうして 1877年からは司祭たちの五島巡回がはじまり、信徒たちの集落に、念願の教会堂が建てられていきました。このように、今、五島にある教会堂は、いずれも、信仰の自由を得た証として、その歴史を背負ったキリシタンの子孫が建てた「祈りの家」であることを、ぜひ御潮解ください。



他にも主要な教会の説明文が書かれたパネルがありました。この説明文は、シンプルで短いのですがとてもよくまとまっていて、これらの教会がいかに重要で神聖なのかがとてもよくわかる文章でした。文才がある方が、気持ちを込めて調べ、綴ったんだと思います!!
ぜひ、一つ一つお読みください。


牢屋の窄殉教記念教会(ろうやのさこじゅんきょうきねんきょうかい) 昭和59年(1984年)建立
明治元年(1868年)、この地で久賀島内の信徒達が捕えられ、12畳ほどの狭い牢に 200名余が押し込められました。これは畳1枚あたり17人という狭さで、横になることも出来ず、排泄もその場にしなければならないという惨状でした。8ヶ月にわたる入牢で、42人の信徒が殉教しました。この教会は、命をかけて信仰を守り抜いた人々をたたえるために建てられました。


旧五輪教会堂(きゅうごりんきょうかいどう) 明治14年(1881年)建立
教会のなかった五輪地区の人々は、取り壊される予定だった旧浜脇教会を譲り受け、解体していかだで運んでこの地に再建しました。約50年後、痛みが激しくなったため、新しい教会を隣接した場所に建てて、旧五輪教会堂は保存することになり、この時点で市が譲り受け教会の役目を終えています。各地に教会が建立されはじめた当時の教会建築を物語る、五島列島最古の木造教会で、国の重要文化財です。


五輪教会(ごりんきょうかい) 昭和60年(1985年)建立
旧五輪教会堂の老朽化により昭和60年(1985年)に建てられた、新しい教会です。険しい山を背景に、奈留瀬戸に面した小さな漁港のわずかな土地に、旧五輪教会堂と並んで建っています。五輪地区は、現在でも車が入る道はなく、訪れる人は途中で車を下りて山道を歩くか、海上タクシーなど船を利用する方法がとられています。


江上天主堂(えがみてんしゅどう) 大正7年(1918年)建立
信徒たちが、キビナゴの地引網の収入など建築資金の全てを出し合い、完成させました。建設中は、例年になくキビナゴが大漁で、信徒たちは「神のお恵み」と感謝しあったといいます。柱の手描きの木目模様、花を描いた窓の透明ガラスなどの工夫が特徴です。日本の木造教会の中でも特に完成度が高く、教会建築の名工、鉄川与助の代表作としても重要で、国の重要文化財に指定されています。


井持浦教会(いもちうらきょうかい) 昭和63年(1988年)建立
井持浦教会の境内には日木初の「ルルドの泉」があります。フランス人宣教師ペルー師は、最初の教会の建築から 2年後(明治32年)、聖母出現の地であるフランスのルルドを模した洞窟を創設することを呼びかけます。五島の各地から形の良い石や珍しい岩石が集められ、ルルドの泉が築かれました。完成後本場から取り寄せたルルドの奇跡の泉水を注ぎ入れ聖母像が洞窟に収められ、日本初のルルドの歴史が始まりました。
※「ルルドの泉」とは:フランスの聖母出現の地、ルルドにある泉。その水を飲むと病が治ると言われています。


堂崎教会(どうざききょうかい) 明治40年(1907年)建立
明治6年(1873年)の禁教の高札撤去後、五島初切のクリスマスミサが堂崎の浜辺で捧げられました。そして堂崎は五島キリシタン復活後の拠点となっていきます。堂崎教会は、明治40年(1907年)に完成しました。赤レンガ洋風建築の、落着きと安定感のある美しい建物で、五島の他の同型教会のモデルになりました。


奈留から福江に向かう洋上に浮いていたヤツの模型がありました

浮体式洋上風力発電 1/100模型



ようこそ!五島へ!!
五島のゆるキャラ勢ぞろい~☆

左からバラモンちゃん、つばきねこ、ごとりん


九州みなとオアシス


みみなとオアシス五島福江


全力で走れ V・ファーレン長崎のポスター


ここは長崎県です。もちろん、このお方は福山雅治~ぅ


チーズ饅頭 五島浪漫を自分自身へのお土産として買いました
後日自宅で食べましたが、しっとりしててチーズ風味がとっても美味しかったです!


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