西の高野山 大宝寺は弘法大師(空海)ゆかりの地、大宝浦(大宝の浜)が目の前に広がっていた
西高野山と呼ばれる大寶寺は唐から帰国した弘法大師(空海)が三論宗を真言宗に改宗して、真言宗最初の道場とした古刹です。
西高野山/西の高野山 大寶寺/大宝寺(だいほうじ)
大宝寺 奥の院
令和3年(2021年) 4月23日 村内伸弘撮影
大寶寺前の大宝浦(大宝の浜)が見えました!
大寶寺に向かい細い道を EV(電気自動車)を走らせて進みます
ここ福江島はゆったりとした時間が流れています
大寶寺に着きました
大寶寺(だいほうじ)
大寶寺は、大宝元年(701年)に来朝した中国僧道融が、上陸地として最初であった大宝の浜において、 当時地区の住民により奉られていた笹海(さざめ)の観音院をうつしたのが由来とされ、その後、 持統天皇(645年~703年)により勅願寺とされたという。 その後、第16次遣唐使(804~805年)と共に入唐していた空海が、帰朝の際に大宝に上陸し、大寶寺に滞在していた間に真言宗に改宗したといわれ、「西の高野山」と称されるようになった。
毎年10月17日には、弘法大師の縁日とし、本堂前庭において、当代法印による真言密教の護摩法要が 豪壮に挙行され、島内外から多数の人々がお参りする。
この寺には最澄が自ら彫られ、奉納された十一面観音など貴重な物が数多く収蔵されており、 中でも県有形文化財に指定されている「梵鐘」が有名である。
また大寶寺・奥の院の小高い丘の上に「へそ神様」と呼ばれる石塔があり、その下方にある穴に、 子どもが生まれるとその健やかな成長を願い、へその緒を紙に包み島内外から収めに来ていた。
なお、大寶寺の一角には神社があり、この言代主神社の秋祭りの本祭には、 国選択無形民俗文化財〔昭和54年(1979年)〕に指定されている「砂打ち(ずなうち)」がある。 この祭りは、浜の真砂を集落中に打ち撒き、悪霊・悪疫を払うとされている独特の祭である。
大寶寺の護摩法要
大宝砂打ち(昭和52年/1977年)
大寶寺の由来
大寶寺目の前の大宝漁村センターは閉鎖されていました
漁業が廃れてきている感じです・・・
昔の大宝の浜
今の大宝の浜
大寶寺参拝の前に、空海が降り立ったという大宝の浜に下りてみます
大宝の浜に転がっていた丸い石
第16次遣唐使船で唐に渡った空海(弘法大師)が遣唐使の役目を終え、日本に帰朝しこの浜の上を歩いたという史実は歴史ロマン以外の何ものでもありません。
空海がこの浜に立ったのは西暦800年頃のことです。
その空海の勇姿を知るのはただこの白波だけなのです。
命がけで唐に渡った日本の若者達がこの浜に降り立ったのです!!
向こうの山も空海たちをやさしく見守ってくれていたと思います
本当にやさしいです、日本の山河は。
砂の中に手を入れると心が落ち着きます
白濱仁吉功労記念碑という石碑が大宝の浜を見渡すように建っていました
"離島振興の慈父" 白濱仁吉功労記念碑
白濱仁吉(しらはま にきち)先生顕彰碑文
"離島振興の慈父"というのは離島の人々からすると最大限の賛辞ですよね、白濱仁吉先生
大寶漁港修築之碑
2つの石碑が大宝の浜を見下ろしています
右側の石碑は白濱仁吉先生の後ろ姿に見えてきませんか?
白濱仁吉功労記念碑の碑文は長崎県知事 高田勇書のようです
大宝の浜
漁港から陸の方を眺めた景色
それでは大寶寺に参拝します
「西高野山」 国指定重要文化財 "西の高野山" 大寶寺
大寶寺の山門
大寶寺の境内
子安弘法大師
弘法大師が玉のような赤ちゃんを抱っこしています♪♪
劇的な文章が綴ってあります!!あなたもぜひ読んでください!!
子安弘法大師
お大師さまが四国を巡錫の途中、旅姿の女人がたいへん難産で苦しんで居られました。この様子を見ては哀憐の涙留め難く、お大師さまは尊い秘法をもって、お加持をなされますと今まで命も絶えんばかりの難産は不思議や安らかに玉のような子供が生まれ、そのうぶ声は清く高らかにみ仏の世を讃美し奉るかのように、谷々峰々へ響きわたり、お大師さまは我手に抱かれ、健やかに育つよう祈られました。子安大師の御霊徳にすがりて子宝、安産、子孫繁栄などみ仏のお慈悲を心として幸福な家庭・人生をとの御誓願であります。
「うぶ声は清く高らかにみ仏の世を讃美し奉るかのように、谷々峰々へ響きわたり」という部分、ドラマチックです!大感激です!!
大寶寺本堂
大寶寺不動堂
境内の一番奥から小高い丘の上にある奥之院に向います
この坂道を上ると奥之院です
大寶寺奥之院
子宝地蔵尊(すがり金仏さま)
子寶地蔵尊(すがり金仏)
いいお顔してますねー
臍神さま参道
臍神さま参道、誰もいません。
大寶寺うつくしいお寺です
あっ!五重塔が見えました!
大宝寺奥の院 五重の層塔
臍神さまです!!
へそ神様(五重の石塔)
奥の院の小高い丘の上には「へそ神様」と呼ばれる五重の石塔があり、子どもが生まれると、島の人々は健やかな成長を願って紙に包んだへその緒を石塔の下にある穴に納めたといいます。
五島市観光協会より引用
微笑ましい風習ですね。
子供が生まれ、育つというのはこの島の人々にとってとても大切なことだったのでしょう
大寶寺とお別れです
高野山真言宗 心の伝道ポスター
「祈りと共に 苦難を乗り越える」
「他者(ひと)を許せば 心が楽になる」
大寶寺境内で元気よく鯉のぼりが泳いでいました
"マイフェバレイトドリンク" 愛のスコールを体内に注入します
さあ「井持浦ルルド」まであとわずかです
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