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栗田勇著 一遍上人愛蔵本: 捨ててこそ生きる 一遍 遊行上人 

捨ててこそ生きる 一遍 遊行上人 栗田 勇  日本放送協会出版(NHK出版)
カバー写真: 一遍上人像(宝厳寺蔵)← 平成25年/2013年 8月消失


すべてを捨てきり、名号(「南無阿弥陀仏」)を称えることで

この世に一挙に浄土を出現させた一遍時宗。

その踊り念仏は戦乱と蒙古襲来に苦しむ日本の民衆を熱狂させ、

歓喜の爆発の中で人々を救済した。

国宝「一遍聖絵」で一遍の生涯を辿りながら、

激動の中世が生み出した日本独自の救済思想を明らかにする栗田一遍学の真髄!!


カバー(表): 左から 一遍聖(一遍上人)、超二、超一、念仏房、聖戒  一遍聖絵より


カバー(裏): 空也上人の遺跡市屋で踊る一遍たち  一遍聖絵より


この一遍聖絵の場所は僕去年平成26年の年末に行きました。
   ↓↓↓↓↓
時宗開祖 一遍上人 念佛賦算遺跡(染殿地蔵尊)



・・・すると驚いたことに、

いつも私より先に日本中を歩いている人物が三人いる。

いうまでもなく、それは西行法師、松尾芭蕉であり、そして

一遍上人その人である。

この三人が私の歩く先々で待ち受けているのだ。

私はこの先人たちがなぜ日本を歩いたのか、

三人に共通するものは何だろうかということを考えた。

そして、古代からの遊行する人々の姿なき群れに

気がついたのである。(栗田勇)


「宝厳寺にいまも安置されている一遍上人像。」とこのページに書かれていますし、
この本のカバー写真(この記事の一番上の写真)にもデカデカと使われていますが、
一遍上人像(木造一遍上人立像/肖像彫刻)は、
この本が出版された後に宝厳寺の火災で焼失してしまっています。
宝厳寺の方や時宗の方、そして松山市の方々は残念に思っていると思いますが、
ある意味、一遍上人ご自身が死ぬ前にすべての経典類を自分自身で焼き尽くしたお方なので
この手の像が消失したことは、
実は上人ご自身のご意志かもしれません。
(誤解を恐れずにいえば)
「南無阿弥陀仏」と成り果てた上人からすると、
"ただ一声の名号がすべて"であって
こういった像は価値がないもの、要らないものだったかもしれません。




栗田さんは一遍研究の第一人者ですが、
この本はその栗田さんがまとめた一遍上人の
図鑑的な愛蔵本になります。
カラーの一遍聖絵を見ながら、
そうですこの見事な絵巻と詞書(ことばがき)を見ながら
栗田さんが一遍上人の跡をたどっていくのです。


「遊行上人」「捨聖(すてひじり)」「踊り念仏」という
3つのキーワードが三位一体となって
「南無阿弥陀仏」の口称念仏となった。
栗田さんの筆致は、軽やかかつ説得力に富んでいます。
また、一遍上人の思想を伝えようという熱意に溢れています。


六字の名号を口に称えた瞬間、
この現世が、そのまま浄土になる。
栗田さんはまるで即身成仏のようだと
一遍聖絵とともに一遍の思想を語ります。


美しい一遍聖絵が一遍上人の人生を雄弁に物語り、
栗田さんの解説がそれに沿って展開される。
この本は一遍上人の生き様と死に様を鮮やかに伝え、
一遍上人の思想の真髄を艶やかに告げています。
最後には「一遍上人語録」から最も深い言葉が
一部まとめられ、詳しく説明されています。
栗田さんがいかに一遍上人に帰依しているかが分かります。
一遍上人の様子を活き活きと語る栗田さんは
まるで鎌倉時代からタイムスリップをしてきたみたいです。
読んでいて泣きたくなる箇所がいくつもあります。


この本は一生そばに置き、
折に触れて読み込んでいきたいです!


PS
文字を読むのが苦痛な方は、
カラフルな一遍聖絵だけをジッと眺めても楽しいと思います。
ちなみに「一遍聖絵」は今月10日から全巻全段(12巻48段)展示が
行われます。必見です!!
  ↓↓↓↓↓


遊行寺宝物館リニューアル記念特別展「国宝 一遍聖絵」のご案内
本邦初の国宝『一遍聖絵(いっぺんひじりえ)』の全巻全段(12巻48段)展示



あと、あとがきの最後の部分が
栗田勇さんの魂の叫びのような
壮絶な文章になっているので引用させていただきます。
ぜひご覧ください!
栗田さん、「捨ててこそ生きる」すばらしい本でした!!


あとがき


微力ながら、この私が一遍上人さんからいただいた、

吸う息、吐く息の時々刻々のささやかな追体験をなんとかして、

読者に伝えたいものだと思いつづけてきた。


始めから、活字と写真と印刷ではそれがきわめて困難なことはわかっていた。

しかし、日本放送出版協会編集部が、その企画を了とされて

協力してくださることとなった。だが、さまざまな試行錯誤のうちに

時日は刻々とたち、私自身、残された時間も残り少なくなってきた。


想えば、あのときの一遍さんとの出逢い、あのときの訣(わか)れは

生ける人の姿のように鮮明に生きている。

加うるに新しい私自身の発見もあった。

それらを総合した形にどうしても仕上げねばならない。

それはむしろ私の義務と思われた。


多くの人々と相談し、協力を得、そして、とにかくも、

まず絵巻の絵画と思想と追体験を、誰でも手にとってみる形にすること。

また、実際に歩いて体験して、はじめて納得のゆく風景を、

その風の匂いをたちこめるように再現すること、

そのようなことの限界を知りながら、このたび、

誰でもが手にして、少なくとも一遍さんの声のきこえてくる

愛蔵本を作り出すことにした。

この本によって、まだ一遍さんの手のぬくもりを知らぬ人に、

その想いが伝われば、これにすぎる喜びはない。



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