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「御滅灯(一ッ火)」 遊行寺の歳末別時念仏会を厳修。尼さん(女性の僧侶)もいました。

「一ッ火」で遊行上人から頂いた念仏札 - 南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人

「一ッ火」で遊行上人から頂いた念仏札 - 南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人



神奈川県藤沢市 遊行寺(ゆぎょうじ)境内

平成27年/2015年 11月27日(金) 神奈川県藤沢市 遊行寺(ゆぎょうじ)境内


遊行寺の僧侶(時宗のお坊さん)たち

境内では遊行寺の僧侶(時宗のお坊さん)たちが交通整理をしてました。檀家さん達が乗ってきたマイクロバスがすでに何台も停まっています。


藤沢山 無量光院 清浄光寺

時宗総本山 遊行寺の本堂、遊行寺の正式名称は藤沢山 無量光院 清浄光寺(とうたくさん むりょうこういん しょうじょうこうじ)


真っ黄色な遊行寺の大銀杏(いちょう)

遊行寺の大銀杏(いちょう)、真っ黄色に色づいていました


黄色くそびえる大銀杏

黄色くそびえる大銀杏。下の人たちと較べてみてくださ~い


藤沢市の天然記念物 遊行寺の大銀杏

藤沢市の天然記念物


遊行寺境内

遊行寺境内


今日(11/27)は歳末別時念仏会 「御滅灯(一ッ火)」です。僕もそのために参詣しているのですが、境内には人がたくさん、お坊さんがたくさんいます。写真左下は時宗の僧。


青空の下の大いちょう

青空の下のいちょう


せっかくですので、3回目になる「国宝一遍聖絵」展を鑑賞します。この写真の右の建物が会場の遊行寺の宝物館です。



3回目の今回は神奈川県立歴史博物館と神奈川県立金沢文庫との共同展示が始まったので、以前に比べ展示量が少し減っていました。でも、第7巻・第1段の「関寺にて踊り念仏」という傑作シーンに出会ってしまいました!!


「関寺にて踊り念仏」は弘安6年(1283年)、一遍上人が京都を目指す途中で大津の関寺(せきでら)に立ち寄った際の様子が描かれているんですが、この絵に 20分ぐらい見入ってしまいました。一人一人の表情や出で立ちなどをジックリ舐めるように鑑賞しました。とてもキレイ描写でした。絵巻なのでこの左右にもいろいろな絵が連なっているんですが、その中でも特に下記のシーンは踊り念仏をしている一遍上人や時衆を築地塀の内側で見つめる貴人や貴婦人達と築地塀の外側で一遍上人や時衆に背を向ける(または気にしていない)癩者や乞食や農民の姿が実に印象的に描かれていました。だから、僕はこの絵に引きつけられたのです。絵の中心で両者を真っ二つに分ける "築地塀"がこの 700年以上も前のできごとを劇的に僕らに伝えてくれています!


僕は今回含めて 3度この展示会に足を運びましたが、この "築地塀"は第4巻・第5段「佐久遊行」の跳躍して踊る超一や第12巻・第3段「一遍入滅」の横たわる一遍などと同じぐらいドラマチックだと思います。この "築地塀"で隔(へだ)てられた 2つの世界からは人間の匂いや命の薫りがプンプンしてきます!!


第7巻・第1段の「関寺にて踊り念仏」 (「e国宝」ホームページより引用)
関清水(関寺にあった池)の中州に踊り屋を設けて、一遍上人たちが踊り狂っています。




宝物館に入る前に、「御滅灯(一ッ火)」の様子を聞いていて、行列ができるそうでしたので、早めに本堂に行ってみることにしました。展示会場の宝物館を後にします。


下校する藤嶺学園藤沢高等学校のみんな

下校する藤嶺学園藤沢高等学校のみんな


南無阿弥陀仏 - 遊行寺

南無阿弥陀仏 - 遊行寺


大イチョウの下の学生達 - 遊行寺

大イチョウの下の学生達(写真右下)


遊行寺の夕焼け

夕焼けがキレイです。


「一ッ火」が行われる遊行寺・本堂

「一ッ火」が行われる遊行寺・本堂


遊行寺 本堂前

遊行寺 本堂前


遊行寺本堂

本堂。並ぶ人々。


真っ黒な富士山の姿

並んでいる間、本堂から八王子から見るよりも大きな真っ黒な富士山の姿が見えました!




さあ、いよいよ歳末別時念仏会「一ッ火」 が始まります。本堂の中に入りました。最初に僧侶の方がこの念仏会の説明をしてくださいました。この会は本来は年末行っていたそうですが、年末は何かと慌ただしいので昭和5年から1ヵ月繰り上げているそうです。また、堂の外から小さな太鼓の音が聞こえてきましたがこれは雪が降る音を表しているようです。なぜならば、昔は堂の外(屋外)でこの行事を行っていたからだそうです。それから「別時」ということばはなんと「臨終」を表すそうです。そして、本尊は仏像ではなく、歴代の遊行上人が書いた名号(南無阿弥陀仏)なんだそうです。


スミマセン、あとは下のパンフレット読んでください(笑)



歳末別時念仏会 一ッ火 について


◎歳末別時念仏会(さいまつべつじねんぶつえ)

時宗総本山清浄光寺(遊行寺)では、毎年11月18日~28日の期間に歳末別時念仏会を厳修しています。ここに歳末がついているのは、本来年末に行われていたためであり、昭和5年(1930)から 11月へ変更し厳修されています。


そもそも別時念仏とは、祖師の命日・彼岸会などに当たって一定の期日(1日、7日、10日、90日など)を定めて念仏三昧に専念する修行です。


総本山清浄光寺では、年間を通じ様々な行事が行われておりますが、特に、春秋の開山忌、9月の薄念仏会(すすきねんぶつえ)、そして、歳末別時念仏会を三大行事として厳修しています。


近世時宗教団は、全国を旅し念仏を流布させる遊行上人(ゆぎょうしょうにん)と総本山清浄光寺に独住していた藤沢上人(とうたくしょうにん)の二大体制でした。そのため、1年を通じて行われる行事も共通して双方で行われていました。


◎別時念仏会の法座

本堂の内陣は、報土(極楽)を表しています。ここには、十二光箱(境葛籠)を置き、報土と穢土/えど(娑婆)を区分しています。更に、中央には、鳥居形の枠を設置し歴代上人の名号を掛け、これを別時名号と呼びます。更に、その中心には、現在の遊行上人の名号を掛け、これを報土名号と呼び、別時念仏中の本尊とします。


その掛けた名号の前に置かれる灯台を「大光灯/たいこうとう」(報土大光明)と呼びます。これは、阿弥陀仏の光明にたとえられ、大光灯を管理するのが報土役です。


また、内陣と外陣の境には、十二の灯台が置かれており、これは、阿弥陀仏の別号である十二光仏を表現しています。この火は、全国壇信徒からの奉仕者によって管理されます。


外陣は、穢土(娑婆)を表し、穢土の教主釈迦の絵像を掛け、その前に灯籠が吊されています。この灯籠は、釈迦の光明を表しており、後灯と呼ばれています。この火の管理をするのが後灯役です。


堂内の左右の灯は、六灯といい、六方世界の諸仏を表しています。


役者の服装ですが、内陣中央の大光灯を管理する報土役は、鼠色襲法衣(かさねぼうえ)・紐締五条袈裟です。外陣の釈迦の後灯を管理する後灯役は、鼠色単衣法衣(ひとえぼうえ)・紐締五条袈裟です。また、御番頭、番帳役、番帳代役は、鼠色襲法衣・紐締如法衣(にょほうえ)です。


これらの服装は、中世遁世者の姿であり、時衆の正式な法衣とされています。



別時念仏法座図

別時念仏法座図 - 遊行寺 歳末別時念仏会



◎別時念仏の法要内容

法要自体は、前段の「報土入り」(詰時/つめじ)と後段「御滅灯/おめっとう」(一ッ火)により構成されています。


「報土入り」(詰時)

前段の「報土(極楽)入り」とは、すなわち浄土往生の実践行です。詰時とは、「詰時衆」の略で、時間で交代奉仕をする同行の意味です。


本堂に敷かれている長い蓙(ござ)は、唐代の浄土教者 善導(ぜんどう)の著作『観経疏(かんぎょうしょ)』散善義(さんぜんぎ)に記された「二河白道(にがびゃくどう)」を表現しています。


修行者は、報土である白道に入り、先へと進んでいき遊行上人の前で結跏趺坐(けっかふざ)し念仏三昧に入る行です。これは、「還来穢国度人天(げんらいえこくどにんてん)」つまり還相回向を表現しています。


「御滅灯」(一ッ火)

後段の「御滅灯」(一ッ火)は、本堂内の火が次々に消され、最後にこの大光灯を報土役が消し、後灯を後灯役が消します。この漆黒の闇のなかで十八念仏が始まり、報土役・後灯役は、火打ち石で火を起こします。一度目は空中で火花を散らす「見せ火」で、二度目で「火口箱(ほくちばこ)」に火花を打ち込みます。打ち込まれた火は、闇からしだいに灯明へと移され、再び弥陀と釈迦の光明に照らされた世界が戻ってくることを表現します。


◎アミ引きダ張り念仏(十八念仏から幽音念仏/ゆうおんねんぶつ)

法要が始まり、十八念仏(低音・中音・高音各六回ずつ計18回の念仏)の合唱から別時念仏独特の「ア」「ミ」引き「ダ」張り念仏に移って行きます。ナムアミダブの「ア」「ミ」を引き延ばし、「ダ」音を張り上げる大合唱の連続です。


◎番帳読誦(ばんちょうどくじゅ)

この別時念仏会の進行役は、「番帳役」と呼ばれ、それを補佐するのが「番帳代役」です。この「番帳」とは、別時念仏会への加入者名簿です。


「番帳読誦」は、法要に参列し祖先等の供養を申し込んだ人々の名前を読み上げるものです。


また、この法要を行うにあたり、全国の時宗寺院及び壇信徒、さらには、藤沢市の市民の方々から浄財の喜捨(勧募)をいただいております。


(遊行寺 歳末別時念仏会 一ツ火について パンフレットより)


ということです。残念ながら「一ッ火」の会場である本堂内は撮ることができなかったので写真はないのですが、キャッチコピーの通り、僧たちが南無阿弥陀仏を唱える中、次々とろうそくや灯りが消され、漆黒の闇が訪れました!静寂の世界でした!!(実際は、愚図っているちっちゃい子どもが一人いて "静寂(しじま)"ではなかったんですが~w) そして、その後、火打ち石によって一つの灯りが点(とも)され、私たちが持つ煩悩を意味する漆黒の闇が次第に光明に包まれるという幻想的なシーンでした!まさに、娑婆世界から離れ、念仏の世界に浸りきった感じでした。心の闇が晴れ、すごく清らかで明るい気持ちになりました!イルージョンです、イルージョン、不思議な気分です。



途中 30分の休憩時間にお寺の中を一周してみました。


一遍上人レリーフ - 遊行寺

一遍上人、発見!


一遍上人の銅板 - 遊行寺

銅板?廊下に飾ってあった一遍上人


この顔どこかで見たことがあると思ったんですが、ワールドスタンプブックの王選手でした!

ワールドスタンプブック ミスターベースボール 王貞治選手

まさに"修行僧"!こんな顔のプロ野球選手、そして日本人は平成にはいません。鎌倉時代の一遍上人、そして昭和時代の王貞治選手。いずれもある意味 "修行僧"です。



一遍上人の尊顔 - 遊行寺

一遍上人の尊顔


合掌する一遍上人 - 遊行寺

一遍上人の合掌


御行在所 明治天皇 皇后陛下 東宮殿下 - 遊行寺

御行在所 明治天皇 皇后陛下 東宮殿下
それにしても、明治天皇も大帝ですが、供奉員のメンバーが豪華すぎませんか!! 山岡鉄舟!井上馨!品川弥二郎!大隈重信!岩倉具視!西郷隆盛~!!


「御滅灯(一ッ火)」参加者が休憩時間にトイレを探し回っているところ(笑)


水浄成雲一 - 遊行寺

水浄成雲一


吽阿/阿吽(あうん)香飯寮 - 遊行寺

吽阿、右から読んで阿吽(あうん) 香飯寮


遊行寺の絵画 - 遊行寺

遊行寺の絵画


長い廊下 - 遊行寺

長い廊下


回向堂旧宝珠 - 遊行寺

回向堂旧宝珠


"市聖(いちのひじり)"、空也上人もいました!


平成19年/2007年 六波羅蜜寺・空也上人 かくれ念仏(空也踊躍念仏厳修)に参加



一遍上人の版画 - 遊行寺

一遍上人の版画




「御滅灯(一ッ火)」が終ると、集まった衆生に遊行上人(遊行七十四代 他阿真円/たあ・しんえん)が短い法話をしてくださり、その後、全員に賦算(お札配り)してくれました!遊行上人は只今 96才!!ですが、元気元気、ものすごく大きな元気な声で僕たち衆生を救ってくださいました。


遊行上人曰く「私は 96才です!生きるも死ぬも、善も悪も、阿弥陀様がみんな救ってくださる」そうです。やはりある意味 "超人"でした。もう存在自体がすばらしいです!存在自体に教えられます!!


時宗法主遊行七十四代 他阿真円上人 96才~い!!
遊行寺ホームページより)


そしてその経歴が凄まじいです!!幾度となく九死に一生を得ています。すごい人生です!!一発でファンになっちゃいました(^O^)


他阿真円[たあ・しんえん]

時宗法主・遊行七十四代。

藤澤五十七世。


大正8年、愛知県矢作町(現・岡崎市)の時宗誓願寺にて出生。

昭和7年、僧籍編入。龍谷大学在学中の昭和16年、軍宣撫班員としてビルマ・タイに派遣される。

現地でマラリアのため瀕死の状態に陥るが奇跡的に回復。

昭和17年、日本に帰還し復学する。

昭和18年、学徒動員令により出征。南方軍に配属されマレー半島で壮絶な任務を経験する。

昭和20年、インドネシアで終戦を迎えるが、その後も現地の独立運動に巻き込まれ、九死に一生を得る。

武装解除ののち、連合軍に居残り労働を課せられ、昭和22年にようやく復員を果たす。

帰国後、急性の肺結核のため二度目の「死の宣告」を受けるが、またも奇跡的に回復。

昭和24年、住職を務めながら矢作幼稚園を創設し園長となる。

昭和42年、岡崎市議会議員に当選、以来4期を務める(議長も経験)。

このほか多くの公務を歴任し、勲五等双光旭日章受章をはじめ受賞多数。

平成15年3月宗祖御廟所真光住職

同7月、一遍上人から数えて七十四代目の時宗法主となり現在に至る。



「一ッ火」は午後6時に始まり、30分の休憩を挟んで、午後8時40分頃に終りました。


遊行上人(他阿真円上人)から頂いたお札と紙束(しそく)。ありがたいです。700年以上前に一遍上人が配っていたのとまったく同じデザインです!!一列に並んで上人にお礼をし、右手の手の平で親指を挟むようにして頂きました。嬉しいです。


念仏札: 南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人!


御賦算(ごふさん)

遊行上人が手渡しをするお札です。 遊行上人が巡り歩かれるところで、必ず御賦算を行います。 わかりやすく言えば、「お札くばり」のことです。賦は「くばる」、算は「念仏札」であります。「このお念仏のお札は遊行上人が、集まった人々に一枚づつ 手ずから配られます。 一遍上人は、生涯に25万1千余人に配られたと記録されています。 お念仏を称えれば、阿弥陀仏の本願の舟に乗じて極楽浄土に往生できるとの安心のお札であります。「南無阿弥陀仏決定往生六十万人」と刷り込まれていますが、「決定往生六十万人」とは、60万人の人々にお札を配ることを願われ、また次の60万人の人たちに、ついには総ての人々(一切衆生)に配ることを、念願されたのであります。


あっ、それから、「一ッ火」の最中に気になって気になって仕方がなかったんですが、会場の本堂に尼僧(にそう)がいたんです(たぶん1人だけ)!一遍上人は超一(妾?)や超二(娘)と一緒に遊行を始めたわけなので、もともと時宗は女性にやさしい宗派だと思うんですが、この尼僧さんから最後に縁起物の紙束(しそく)を頂きました。その際に、僕は「遊行寺の方ですか?」と聞いてみたら、尼僧さんは「そうです、修行僧です」と答えてくれました。「頑張ってください!」と伝えたら、「ありがとうございます。」と言ってくれました。


お札配りの際にこの黒とグレーの袈裟を着た尼さんの後ろ姿を見ていて、ふと、信濃の国・小田切の里で超一が足を跳ね上げ、衣の裾をなびかせ、踊り念仏を始めた瞬間のことを思い出しました!超一もたぶんこんな感じの尼さんだったのでは?僕はこの尼さんは中世の佐久から時空を超えてやってきたのでは?と感じてしまいました。尼さん、がんばって修行して一遍上人のように、どうか苦しんでいる人や辛い気持ちでいる人たちを救ってください。踊り出したいときは踊ってしまってください!それが一遍上人の教えですから!!伝統や形式ではなく、今目の前にいる"よろず生きとし生けるもの"を救うことが最も大切なことだと思うんです。捨聖(すてひじり)はそれをやりました。仏道に帰依した人たちをホント僕は応援します。



「一ッ火」が終った本堂 - 遊行寺

「一ッ火」が終った本堂。


夜の遊行寺境内

夜の遊行寺境内


夜の遊行寺境内の大イチョウ

夜の遊行寺境内の大イチョウ


さようなら大イチョウ君


「御滅灯(一ッ火)」 が終った遊行寺を後にします。


「御滅灯(一ッ火)」  27日18時

遊行寺 惣門

遊行寺 惣門


生かされ生きて 96年 今青春! 他阿真円

生かされ生きて 96年 今青春! 他阿真円(たあ・しんえん)
今青春!参りました(笑)



遊行寺を後にして、藤沢駅に向かいましたが、街はすでにクリスマスでした。


藤沢・遊行通りのイルミネーション

藤沢・遊行通りのイルミネーション


遊行通り

藤沢・遊行通り


町田東急ツインズ - 東急百貨店

町田東急ツインズ - 東急百貨店
うわーキレイ!メリークリスマス!!ジングルベ~ル ジングルベ~ル 鈴が鳴る~♪♪


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