靖国神社 遊就館のゼロ戦 - 三菱零式艦上戦闘機五二型(A6M5)

ゼロ戦の主翼裏面の日の丸

遊就館 - ゼロ戦の主翼裏面の日の丸


ゼロ戦と右下:加農砲/カノン砲(八九式十五糎加農)

遊就館 - ゼロ戦と右下:加農砲/カノン砲(八九式十五糎加農)


遊就館前の特攻勇士の像

遊就館前の特攻勇士の像
平成29年(2017年)8月4日 村内伸弘撮影




靖国神社 遊就館に皆さんは行ったことはありますか?


広島平和記念資料館(原爆資料館)長崎原爆資料館知覧特攻平和会館などと並んで、平和を考えるための日本有数の資料館です。


英霊(靖国神社のご祭神)の遺書や遺品、遺影などは涙無くしては見られないのです。ぜひ、お時間がある方は立ち寄られてみてください。



靖国神社 遊就館


写真左のビルは靖国神社 遊就館前から見える法政大学の超高層「ボアソナード・タワー」。法政大学の市ケ谷キャンパスです。


靖国神社 遊就館の玄関ホール


遊就館前の特攻勇士の像


「特攻勇士を讃える」碑

特攻勇士を讃える


戦局がいよいよ悪化した大東亜戦争の末期、

陸軍航空西尾少佐以下一三四四名、

義烈空挺隊奥山少佐以下八八名、

戦車隊丹羽准尉以下九名、

海上挺進戦隊岡部少佐以下二六六名、

海軍航空関大尉以下二五一四名、

特殊潜航艇岩佐大尉以下四三六名、

回天上別府大尉以下一〇四名、

震洋石川大尉以下一〇八二名、

計五八四三名の陸海軍人は敢然として敵観戦等に突入散華され今日の平和と繁栄の我が日本の礎となられた。

その至純崇高な殉国の精神は、国民ひとしく敬仰追悼し、永久に語り継ぐべきものである。


平成十七年六月二八日

財団法人 特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会



遊就館拝観券

遊就館拝観券


遊就館の玄関ホールに展示されている本物のゼロ戦(零戦) - 復元機


主翼裏面の日の丸


真横から見たゼロ戦


斜め前から見たゼロ戦


ゼロ戦の操縦席


斜め後から見たゼロ戦


零式艦上戦闘機五二型 三菱四二四〇号機


零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦は、昭和十五年(1940年)から造られた日本海軍の主力戦闘機で、当時最高の性能を保持した日本が世界に誇る歴史遺産である。


昭和二十年(1945年)八月までに約一万機が造られたが、現存しているゼロ戦は二十機に過ぎない。その優れた性能と優美な機体は、現在でも世界中の多くの人びとにより愛好され、対戦国であったアメリカでもスミソニアン博物館、アメリカ空軍博物館、太平洋航空博物館パールハーバーなどに五機が展示されている。


この機体は、昭和十八年(1943年)十一月に三菱重工名古屋大江工場で製造された後期モデルの五二型で、エンジンは一一四〇馬力、最高速度は五五〇キロであった。


戦後、各地に残されたゼロ戦を含む兵器は全て廃棄処分となったが、南洋方面では飛行可能な航空機は連合軍の連絡用として、機体は白色・日の丸は黒十字に塗られて使用された。こうした機体も後に日本の整備兵が帰還し、或いは部品が無くなった時点で次々と解体放棄されていった。


昭和二十年(1945年)、南洋最大の航空基地であったニューギニア・ラバウルにおいても飛行可能な機体は四機あったが、そのうちの二機はオーストラリアなどに送られ戦争博物館に保管された。残った二機は解体されて滑走路付近に放置されていたが、昭和四十九年(1974年)に回収され、翌年漸く日本に里帰りした。


昭和五十五年(1980年)、この機体を入手し、ヤップ島など南洋諸島から回収したエンジンや部品等を揃えて復元を開始したが、機体の劣化は想像以上に著しく、戦後既に四十五年が経過して、ゼロ戦に関係した技術者も少なくなっていた中での復元は困難を極めた。修復を始めて二十年の歳月を要して、平成十一年(1999年)にこの零式艦上戦闘機の復元を完成した。平成十四年(2002年)、靖国神社御創立一三〇年の記念すべき年にあたり、大空に散華された英霊の鎮魂を祈りこの復元機を奉納するものである。


平成十四年七月  復元製作者 原田信雄



真後ろから見たゼロ戦


ゼロ戦の垂直尾翼


優美な機体、うつくしいですね!!


祖国・日本を守るため、この操縦席に日の丸の鉢巻きを巻いて乗り込み、雄々しく敵艦目掛けて突っ込んでいった勇士がいたことを私たちは忘れてはいけません。


僕らの祖父の世代の日本人としての先輩たちの人生や運命を僕たちは静かに心して思わなければなりません。そして、感謝しなければなりません。


茶房の中から見たゼロ戦


ゼロ戦の水平尾翼


ゼロ戦と右下:加農砲/カノン砲(八九式十五糎加農)



世界が、そして人類が平和でありますように。




靖國の杜の再生 靖国神社外苑のあゆみ(変遷)



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