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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

ミスター島鉄!鉄狂斎 植木元太郎初代島原鉄道社長はこの人です!

島鐵(しまてつ)はこの鉄狂斎が生み出した!明治・大正・昭和の半世紀にわたって、島原半島の政治や文化や産業や観光を開発し、今日の基礎をつくりあげた偉人。

鉄狂斎 植木元太郎初代島原鉄道社長


号「鉄狂斎」


島原鉄道の開業


島原鉄道 1号機関車のプレート
惜別感無量 昭和5年6月  為記念  島鐵社長 植木元太郎識


諫早駅に停車中の島原鉄道
令和2年(2020年) 7月20日 村内伸弘撮影


植木元太郎(うえき もとたろう)


機関車が、前方を照らし、客車や貨車をひっぱって走るように、植木翁は、島原鉄道の創設者だけではなく、明治・大正・昭和の半世紀にわたって、島原半島の政治や文化や産業や観光を開発し、今日の基礎をつくりあげた人です。かつて郷党の大先輩・北村西望先生の手による銅像が、この地にたてられていました。ところが太平洋戦争のため、供出の憂き目にあい、台座だけが久しく風雨にされされ、このことを悲しく者が多く、ようやく再建の話がまとまり、再び北村先生の御厚意ある御制作によって植木翁をしのぶことができるようになりました。温顔にたたえられた微笑、だが、その底に秘められたなにものも灼きつくす情熱と、不屈の魂の光を見逃してはならないと思います。時代は変わるとも、朝な夕な雲仙岳に去来する雲をのぞみ、私たちの将来をみつめられている。この姿を拝し、ふるさとを愛する心の糧としたいものです。

宮崎康平識


昭和44年夏 再建期成会代表 島原鉄道社長 松尾滋吉

霊丘公園の植木元太郎像の説明文より


長崎を出発して、諫早駅に着きました。

島原鉄道のりばに向って驀進しています!!気持ちがはやる~


来てみんね!島原半島


これから僕は「幸せの黄色い列車」に乗って島原鉄道の旅を楽しむんです♪♪


島原鉄道のりばに到着しました!

島原鉄道のりば(島原鉄道 諫早駅)


島原鉄道の乗車券売り場


島原鉄道の路線図


諫早から島原まで乗ってみます!
前回は本諫早から諫早の 1駅だけだったので、今回はロングライドになります♪♪


とうとうこの日がやってきました!


島原鉄道 時刻表
大体 30分に 1本って感じですかね。


さあ乗車券を買いますよ


諫早から島原の切符をゲット♪♪


同時にゲットした列車時刻表(諫早駅・本諫早駅版)には諫早駅から島原方面、長崎方面、大村・佐世保方面、博多方面といろいろな方向へ向かう列車への接続時間が乗ってました。諫早って、長崎や西九州の "へそ"なんですね!


9月20日より、2両ワンマン運転を開始します


島原鉄道のさっちゃん

「鯉駅長のさっちゃん」とは?

島原鉄道のイメージキャラクターで、島原の「鯉」をモデルとしたの駅長のこと。ヒヨコみたいとよく言われます。

名前は公募により決められ、鯉駅長を見た人みんなに幸せが訪れるようにとの願いを込めて、「しあわせ」の「幸(さち)」からとった『さっちゃん』と命名されました。

島原鉄道ホームページより引用


しまてつグッズ


幸せ記念乗車券


和ろうそく(しまばら和蝋燭)


鯉駅長さっちゃん 島原の手延べそうめん


デジタルサイネージに映し出されていた「長崎バスグループ 島原鉄道株式会社」の文字


観光列車 しまてつカフェトレイン



ホームに入ります

島原鉄道旅客運賃表  2019年10月1日改正


蒸気機関車が写った大きな看板がありました

日本初の蒸気機関車が走った島原鉄道


島原鉄道ってすごい歴史があるんです!!

日本の鉄道開業


島原鉄道の創業者、植木元太郎


植木元太郎(うえき もとたろう)

植木元太郎は、雲仙市国見町出身で、長崎県議や衆議院議員、初代島原市長などを歴任しました。また郷土繁栄のために鉄道敷設に尽力した初代島原鉄道社長でした。島原半島一周鉄道や雲仙登山ケーブルカーを構想し、「鉄狂斎」と自ら名乗っていました。


「鉄狂斎」と自ら名乗っていた!
島原鉄道の初代社長、やっぱりただ者じゃないですね!


面構えがスゴいです!



島原鉄道の開業


日本初の機関車がやってきた


1号機関車


2~5号機関車 日本最初の客車


惜別感無量 昭和5年6月 為記念 島鐵社長 植木元太郎識


日本の 1号機関車が走った島原鉄道


明治5年(1872年)新橋~横浜間を走った日本で最初の鉄道「1号機関車」は、明治44年(1911年)に鉄道院から島原鉄道へ払い下げられ、同年に開通した島原鉄道の「1号機関車」としても活躍しました。島原鉄道へやってきた、この「1号機関車」は島原半島で最後の活躍をすることとなります。


昭和5年(1930年)、車体保存の話がもち上がり、博物館入りが決まると一般公開し、盛大に送別式が行われました。その際に、島原鉄道の初代社長である植木元太郎が、苦楽を共にしてきた機関車ゆえに、別れを惜しみ、これまでの感謝の意を込めて「惜別感無量」と記したプレートを車体左側タンク部分に取り付けました。


その後、1号機関車は鉄道記念物(1958年指定)となり、国の重要文化財(1997年指定)にも指定され、現在はさいたま市の鉄道博物館に保存展示されています。車体に取り付けられた「惜別感無量」と記されたプレートは、現在でも見ることができます。


島原鉄道ホームページより引用


1号機関車が島原半島を走っていた!
「鉄狂斎」やるぅー!!


島原鉄道 1号機関車のプレート

島原鉄道の開業時の苦楽を共にした 1号機関車は、初代社長植木元太郎にとっては、思い入れの強い機関車でした。そのため、「惜別感無量」という銘板を取り付けて送り出しています。鉄道博物館で展示されている 1号機関車で今でもその銘板が見られます。


島鉄ってスゴイ!!
涙なしでは読めないような物語でした!


初代島鉄社長の植木元太郎さんが人生を賭けて育て上げた島原鉄道に僕はこれから乗車します。先日は本諫早から諫早の一駅間だけだったので、今日が本当の意味での初島鉄になります!!!!



本諫早止まりの列車が停車しています


地元ゆるキャラ大集号


島原半島のゆるキャラ達が大集合してします♪♪
※詳しくは次の記事でご紹介します


ワンマン 後乗前降


方向幕の本諫早(ほんいさはや)の漢字 3文字。メッチャいい感じー♪♪


勢揃いした島原半島の "キャラ"たち


しあわせの黄色い列車王国


幸せの黄色い列車王国とは?

島原鉄道ホームページより引用


せっかくなので、駅名をハッキリ載せちゃいます


諫早→本諫早→幸→小野→干拓の里→森山→釜ノ鼻→諫早東高校→愛野→阿母崎→吾妻→古部→大正→西郷→神代→多比良→有明湯江→大三東→松尾→三会→島原→霊丘公園体育館→島原船津→島原港


鯉駅長のさっちゃん


島原鉄道はフェリーともつながっています

多比良港からは長洲港へ


島原港からは三池港と熊本港へ


フェリーの旅も楽しそうだな~


雲仙・島原方面のりば


って、雲仙とか島原とか、本当に名前を聞くだけで興奮してくるような魅力に溢れていますよね!長崎じゃなくって、熊本ですが、ここに「天草」とか入ってきたらもう失神するぐらい心躍りますよ!!


長崎はうつくしいです!
九州はすばらしいです!!


島農 × 島鉄
島農(島原農業高校)スゴイです!


島原農業高校と島原鉄道の連携プロジェクト!!


島原農業高校キャラクター「しまもう」と鯉駅長「さっちゃん」のかわいらしいコンビも実現~ん♪♪

島原農業高校キャラクター「しまもう」

島原農業高校キャラクター「しまもう」



さあ、次は僕が島原駅へ向う列車がやってきます。
その時から僕の島原鉄道の旅が始まります。


諫早駅前の様子



▼公式サイト
島原鉄道



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