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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

愛しい長崎市のみさき道/御崎道(観音道) 遠見・唐人番跡通り&ピエル・ロチ寓居の地

長崎情緒あふれるピエルロチの坂(十人町の石段/階段)を下る女子高生たち。レンガ塀のある小道も発見!

みさき道(観音道)を下る長崎海星高校の女子生徒たち


みさきみち石碑(道塚)


みさきみちの脇道
令和2年(2020年) 7月19日 村内伸弘撮影



十人町の石段/坂段を下から上に歩いてきたのですが、今回は隅から隅まで歩き尽くすという目標があるので、せっかく上ったのですが、また下に下っていきます 笑


日本一の坂の町を味わい尽くすんです♪♪


活水女子大学前から坂道を下に下っていきます。


みさき道(観音道)

 「よってかんね」だれもが住みよい町づくり支援事業

「みさき道」を美しく

この坂だんは、江戸のころ、脇岬の観音寺へ通じる「みさき道」です。またの名を「観音道」ともいいます。市井の民が賑やかに往来した石段です。幕末のころ、グラバーさんに会いに豪気な若き志士「五大友厚」、「井上馨」、「小松帯刀」、「伊藤博文」らも通ったかもしれません。

わたしたちは、美しい町づくりを心がけています

みのり会地域ふれあいボランティアの会&十人町一の組自治会


十人町の石段/坂段の地図


写真中央下部が現在地、これから坂道を下っていきます。


遠見番跡

鎖国時代、外国船の入港・出港に際しての監視及び長崎奉行所までの伝達機関として、野母・小瀬戸・梅ヶ崎・勧善寺(後に永昌寺)に遠見番が設置されていた。この付近に遠見番10人の官舎が設けられていたことから、十人町と名づけられた。


遠見番跡


ぼくのまちはぼくが守る! 少年の部 みまもり隊長


AEDもありました


坂に対して平行に伸びる道(横移動ですね!)


「遠見・唐人番跡通り」を美しく

君が代や 唐人も来て 冬ごもり(一茶)



石段と格子戸の家


青い家


下りは楽チンだからより楽しい♪♪



あのサッシー酒井や昨年の国体準優勝で有名な海星高校の女子高生が石段を下っていきました。



なんだろう
この石段は史跡じゃないし、遺跡でもないんです。


今こうやって長崎の人たちが現実に行き来している生きた道なんです。


だからこんなにも美しいんです!!!!!!


石段の石の色や形にもご注目!

海星タオルを頭にかけ、石段を下っていく長崎の女子高生




自分で言うのも変ですが、最高の写真が撮れました!!!!!

十人町階段と長崎の女子高生



上りにも見たグレーのレンガが更に美しく僕の目には映っています


下界に下りました

長崎蒲鉾(かまぼこ長崎一番)の看板がかかったお店


古い民家(町屋)


異人のプレート グラバーかな?それともピエル・ロチかな?


唐人屋敷跡 北西隅(四隅モニュメント)



みさき道/御崎道(観音道)

みさき道/御崎道(観音道)の登り口に到着しました


みさき道の登り口

みさき道とは?

平安時代末期に造立された千手観音立像。野母崎半島・脇岬の先端の寺院に祀られ、長きに渡り多くの人々に信仰されてきた通称 "みさきの観音"、そのみさきの観音詣りの参道が御崎道(みさきみち)。

長崎市ホームページより引用



十人町の地図


今僕は左下の「現在地」にいます
さっきと上下が入れ替わっています。地図の上に行くと上りです。


みさき道に上る前に付近をちょっとだけ探索w

中華料亭「陶々亭」


個性的な窓の形!


「陶々亭」の看板


「陶々亭」の左横の石段も趣深~い


長崎はどこもかしこもとにかく情趣溢れてます♪♪

こんな階段なら上り下りがたのしくって仕方がないでしょう



それではみさき道を歩きます(=上ります)

みさき道(御崎道)の道塚

十人町から南へ 7里(28km)先の野母崎の観音寺までの街道で、観音寺を参詣するため整備された。この道塚から始まり、かつては「みさき道」と刻まれていた。


みさき道(御崎道)


みさき道の石碑(道標)
今は消えてしまって見えませんが、昔はこの石に「みさきみち」と刻まれていたそうです。


風化の度合いがスゴいんで、強く歴史を感じます。



この道が野母崎半島の脇岬まで続いていたということです。

それでは歩き始めます。


十人町の石段/坂段の一部が「みさき道」ということになると思います。


夜景でもない、グラバー園でもない、眼鏡橋でもない。こういう風景こそが実は一番長崎だったりします。


素晴らしいです!どうしようもなく長崎な光景です!


脇道までも細い石段になっています


十字に穴が空いたレンガ



ピエル・ロチ寓居の地がありました

ピエル・ロチ寓居の地


ピエル・ロチ寓居の地

ピエル・ロチ(1850-1923)は、本名をジュリアン・ブイオといい、フランスのロシュフオールに生まれました。海軍の軍人でしたが、かたわら文壇で活躍、フランス文壇最高のアカデミーフランセーズ会員でもありました。

1887年に発表した代表作小説「お菊さん」は、明治18年(1885年)7月から約3ヶ月間、この地で日本女性「おかねさん」と過ごした生活体験作品にしたものです。

舞台となった当時の建物は戦時中の強制疎開により解体。ロチは、長崎公園にあった茶屋にも訪れているため、同公園には記念碑が建立されています。


ピエル・ロチ寓居図


僕もピエル・ロチになって、この十人町で暮らしてみたいです!!


この明るい赤いレンガもステキ♪♪


塗ってるみたいですけど 笑


この石垣も最高♪♪


みさき道を僕は今歩いています


前方の光景


振り返って見た光景


彦山/英彦山が見えます


みさき道の脇道にわざと紛れ込んでみます


井戸


不規則、不規則、すばらしい。


うわっ!この路地もファンタスチック です!!


長崎原爆無縁死没者遺骨名簿  -ご遺族を捜しています-


いやー!参った参った!!


車が通れないこういう路地こそが長崎の宝物だと思います!!!!



この下の写真に猫が 4匹隠れています。わかるかな~

猫ちゃん、のんびりしてます(^^)/



うおー!

狭い狭い!曲がってる曲がってる!

グレーのレンガとオレンジ色の実が長崎してます


青い扉


段差のある街


突き当たりのベンチ


レンガの塀


尾道の町を歩けば、あなたは必ずや迷子になるだろう。

けれども恐れることはない。

・・・・・・それは、あなた自身の、少年の、あるいは

少女の心の中に迷いこんだだけなのだから。

――見まわしてごらん。あなたはそこで、きっと

何かしら、大切なものを・・・・・・あなたがいつか、

どこかで無くした愛しいものを・・・・・・見つけることが

できるでしょう。

それが、尾道の旅。あなた自身の旅。

――さあ、勇気を持って、迷いこんでみようよ。

尾道へ!!・・・・・・


大林宣彦


尾道を長崎に置き換えれば、まさに大林監督が言っている通りの旅ができるんです。ここ長崎では!


レンガ塀のある小道


無造作にレンガ塀が出現してますけど、普通の町だとこの風景はありえない。


長崎ならではです。



長崎や ああ長崎や 長崎や


色鮮やかなトウワタ(唐綿/アスクレピアス)の花


立派な門だけが残った空き地


デカイ字で「つぶ」と書かれた金太洋のつぶオレンジみかんが気になりましたw
島原市の太洋食品という会社の缶ジュースのようです♪♪


防火用バケツ


暑い。。。疲れた。。。ベンチで一休み。


まだ先が長いよ~ 笑


皆さん、階段の数を数えて下さい

みさき道の階段と、1階への階段と、2階への階段と。階段だらけの写真。


きれいなオレンジ色のほおずき



まもなく十人町の石段を僕は上りきります。
十人町の坂、愛おしい坂でした。



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