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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

長崎出島 オランダ商館長のカピタン部屋で和洋折衷インテリアに息を呑む

三角階段を上り、出島で一番豪華なカピタン(商館長)の居宅と執務室にうっとり♪♪

出島・カピタン部屋の三角階段


出島・カピタン部屋のバルコニー


出島・カピタン部屋の客間
令和2年(2020年) 2月2日 村内伸弘撮影



さあ、カピタン部屋をいよいよ見学します。出島内の建物でいちばん大きな建物になります。

後光が差しています


カピタンとは東インド会社が日本に置いたオランダ商館の商館長のことです。カピタン部屋は出島で一番豪華なカピタン(商館長)の居宅と執務室を再現しているところです。


カピタン部屋の三角階段


商館長の居住空間再現


カピタン(オランダ商館長)の部屋の内部、すごくオシャレでした。



17.5畳の部屋


部屋の建具


カピタンや商館員たちはこの窓の外に何を見たのでしょうか?まさに歴史ロマンです


陰影が息を呑むほどうつくしい


この壁紙、印象的!


シャンデリアとシンプルな壁紙(唐紙)にウットリ


壁紙は淡いグリーンと余白の白のバランスが絶妙!!


ガラス窓から日が入り込むと更に美しくなる!!


カピタンの部屋、芸術的です!!


天井にも壁紙(唐紙)。そして吊り下げられたランプもめちゃくちゃモダンです


松かな?

この松の壁紙のデザインも一際目をひきますよ。カピタン、さすが!!


「洋(蘭)」なのか?「和(日)」なのか?
居心地のよい空間はインテリアのまさにお手本。僕はこれぞインテリアって感じました!


空間美としかいいようがありません。
「出島」を僕は今堪能しています!!!!


これぞカピタンワールド!!
日本の開国と近代化がオランダやオランダ人によってもたらされた



大広間


出島の商館員たちは、昼夕 2回カピタン部屋に集まって、皆で食事をとるのが習慣だったみたいです。その食事をカピタンや商館員たちと一緒に食べてみたいな~  僕は "あの頃"にタイムスリップしたいしたい!!


これはクリスマスの宴会を再現しているそうです


盛大なパーティー


カピタンや商館員たちの楽しそうなおしゃべりが聞こえてきませんか?


カピタン
一体どんな話をどんな表情で話していたんでしょうか?


反対側から見た大広間


19世紀前半の室内の様子が心地よいです


客間



涼所


今は埋め立てられていますが、当時は海だった?
さぞかし、ステキな風景が目の前に広がっていたんでしょうね!
出島バンザイ!!


長崎の港を一望、涼所


窓の外のバルコニーも淡いグリーン


ちょうど路面電車が通りました



涼所ではまもなく音楽会も開かれるようです

最高でしょ?最高ですよね!
長崎は常に劇的です!


カピタンたち食事中のようです
手前に丸山遊女を発見~ん!!


いいないいなー
丸山遊女たちとの楽しい出島生活!
カピタン、うらやましいぞ 笑



客間


図書室


図書室もステキ


遊女部屋と涼所


商館長の部屋


緑色って、日本人の家にはあまり使われない色なので新鮮です。
令和の世でもモダンに感じます。


女中部屋(遊女部屋)


出島に入ることが許された唯一の女性は、丸山町や寄合町の遊女たちでした。


突き当たりが水門(かつて海に面していた門)
出島で取引される貿易品は、この門を通ってオランダ船に積み込まれたり、積み下ろされたりしてたそうです!


カピタン部屋の外観



出島狭いと思ってたけど、見所たくさんです。案内板を読みながら進むと 1日あっても見切れない感じ。それと昨日歩きまくったので、疲れました。。。


これから先はちょっと投げやりです(笑)
もう少しだけお付き合い下さい。


二番蔵


一番蔵


へトル部屋(へトル=次席商館長)


三番蔵


華開いた砂糖文化


寿賀鯛金花糖


海を渡り、長崎街道を通った砂糖
長崎街道沿いに咲く砂糖文化


長崎街道 シュガーロード(Sugar Road)


着物レンタル屋さん  「長崎はいからさん」長崎浪漫 着物語り


出島水門


これで端から端まで見たことになりました。


出島発世界・復元ゾーン


出島の敷地内、中島川沿いを歩きます


つながら出島上映中



南側護岸石垣も外から見てみました(東側・明治ゲート)

国指定史跡  出島和蘭商館跡


当時、日本に来たオランダ人(阿蘭陀人)たちは一体どんな気持ちで国を離れてきたんでしょうか?この絵のように長崎港に入港して来たときにどれだけ胸が高鳴ったんでしょうか!?


オランダが日本を強烈に刺激した頃のざわめきがハッキリと聞こえてきます


南側護岸石垣。歴史を感じる石積みです。


出島通りに面したこの建物も歴史を感じますw


青空の下の旧出島神学校


旧長崎内外クラブ


南側護岸石垣の説明板


要するに昔はこの護岸の左側は海だったってことですよ。出「島」は海に浮かぶ「島」ですから。


この景色は路面電車からも見えます


出島南西端


水門(西門・水門ゲート)


中島川越しの出島



出島の説明板(ホテルベルビュー長崎出島のロビー脇)

出島(Delima)

出島は 1634年、江戸幕府の鎖国政策の一環として長崎に築造された人工島で特徴的な扇形をしていた。


この出島の扇形の理由については未だはっきりとはしていないが、第3代将軍徳川家光公が翳した扇をモデルにしているという説が残っている。


出島には多くのものが輸入され、日本全国に流通していった。砂糖もその代表的なものの一つで「カステラ」などの菓子類や料理に使われ日本人の食生活に大きな影響を与えた。


他にはバドミントンやビリヤードも出島が日本で最初の伝来の地とされており、薬草園跡の庭園内にはバドミントン発祥の記念碑が建てられている。


ペリー来航による開国まで、出島は日本と西洋を結ぶ唯一の架け橋として日本人が西洋文化を知るため、また日本文化を西洋人に紹介するために約200年もの間その役割を果たした。


川原慶賀「長崎港図(部分)」


うつくしい扇型の人口島(埋め立て地)・出島


「DEJIMA 恋する出島」「アルバム長崎百年 華の長崎」



出島かあ~
とうとう中に入って見学できました!


あなたも長崎に来たら出島ですよ、出島。
出島は長崎が長崎たる所以です。
ぜひ色々見てください。



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