羽田→高知: とさでん乗って自由民権運動記念館へ 植木枝盛と会う

自由は土佐の山間より 高知市立自由民権記念館

自由は土佐の山間より 高知市立自由民権記念館
平成28年/2016年10月13日(木)



土佐へ向かいます。行き先は「高知市立自由民権記念館」です。


高知市立自由民権記念館

高知市立自由民権記念館



東京モノレール(モノレール浜松町駅)


モノレールの車窓


旧芝離宮恩賜庭園


朝焼け~


羽田空港 JAL(日本航空)に乗ります


10月13日 7:40羽田発-9:05高知着の JL0491便に搭乗


風の塔(川崎人工島)


雲の上の空が青い!ビューティフルブルー!!


レインボー!丸い虹~っ


丸い虹の中に僕が乗ってる飛行機の影が~っ


四国だーっ


四国のうつくしい海岸線


日本は美しい。四国は美しい。飛行機からの景色はいつも素晴らしい。


高知龍馬空港に接近、着陸。


空港連絡バス乗車券 高知龍馬空港→はりまや橋・高知駅・県庁前


空港連絡バスの車窓


路面電車(とさでん)の停留所。高知市内に入ってきました。


はりまや橋バス停。空港連絡バスをはりまや橋で降りました。
質問っ!写真右の看板の男は誰~れだ?


はりまや橋交差点。やっぱり路面電車(とさでん)がうれしいです!!
質問っ!写真下の看板の男は誰~れだ!?


はりまや橋停留所
桟橋線に乗って、桟橋車庫前停留所で下車し、自由民権記念館に向かいます。


とさでん交通株式会社 電車軌道路線図


これはある意味「横着」でっせw


わんぱーくこうち行とどの車両にも書かれています。


とさでんの車内。誰も乗ってな~い!


とさでんの運転席


操縦してみた~い


桟橋車庫前停留所で下車しました。


高知市立自由民権記念館


自由は土佐の山間より


マスコットキャラクターは「じゅっぴー」

高知市立自由民権記念館 マスコットキャラクター「じゅっぴー」

自由民権記念館 正面市口


入館する前に松山に向かうバスの時刻を事前にチェック。行動を逆算します。


観覧料 320円でした。Kochi Liberty and People's Rights Museum

「自由は土佐の山間より」と言われるように、近代日本の歴史に土佐の自由民権運動は大きな役割を果しました。この日本最初の民主主義運動における経験は、私たち高知市民の誇りとなっています。自由民権記念館は自由民権運動と土佐の近代史から学び、その意義を現代および未来にいかすための歴史博物館です。

(パンフレットより)



「自由は土佐の山間より」何度見ても素晴らしい言葉です。


板垣退助と織田信福(のぶよし)のクリアファイル
いくら織田信福がイケメンだとしても、板垣退助と同列はないっしょw  板垣退助の偉業と較べようもないと思うんですが。。。顔がいいと世の中得しますね(笑)


「板垣死すとも自由は死せず」で有名な板垣退助!!


民権ばあさん

民権婆さん 楠瀬喜多さんの人形


民権婆さん 楠瀬喜多
1836年(天保7年)9月9日生 ~ 1920年(大正9年)10月18日没


英雄やヒーローの陰にはこういう女性が必ずいますよね。女性は太陽です。


政談演説會 出席弁士 植木枝盛 坂本南海男


自由所棲是吾郷(自由の棲む所、是れ吾が郷)



「立志社はついに立たなかった。」

片岡健吉が逮捕された時、憤激した社員に対し板垣退助は
先ズ我ガ立志ノ民権ヲ一町ヨリ一区ニ及ボシ、一区ヨリ一県ニ及ボシ、各県全国ニ及ボシ、衆カ一致ノ上、大政府ニ向テ為ス所アルニ如カズ
と説いた。


自由万歳の旗を掲げて行進する壮士たち 「浪華新聞」 1888年(明治21年)1月4日


国家の将(まさ)に滅亡せんとする、之を傍観坐視するに忍びず、寧ろ法律の罪人たるも退て亡国の民たる能わず
保安条例廃止の建白書 / 横山又吉起草


保安条例により退去を命じられた高知県人


土佐に気をつけろ(土佐の動静を気にする伊藤内閣の面々)
高知元気でしたね!!!!


自由大懇親会に「自由」や「山嶽俱楽部」などの旗を掲げて向かう人々


高知、エネルギーに溢れてますね!!

よしや 南海苦熱の地でも 粋な自由の風が吹く。よしや この身はどうなり果ちよが 国に自由が残るなら。

よしや節(武士)



"行動する思想家" 植木枝盛

"行動する思想家" 植木枝盛もいました!!!!


植木枝盛(うえきえもり/Ueki Emori) 1857-1892

植木枝盛(うえきえもり/Ueki Emori) 1857-1892
「東洋大日本国々憲案」起草。自由民権運動を代表する論客・理論家。「立志社建白」など多くの重要文書を起草。常に運動の中枢で活躍。著書・新聞論説多数。


未来が其の胸中に在る者、之を青年と云ふ
(植木枝盛 遺稿「無天雑録」より)

自由民権運動はまさに近代日本の青春でした。

しかし、青春の理想はついに実現しませんでした。

その後の日本は軍事強国への道を歩み、アジアの国々を侵略して甚大な被害を与えました。

そして、敗戦によって再び新しい時代が到来し、民権派の憲法草案が生かされた日本国憲法が誕生しました。

自由民権運動がめざした民主主義日本の実現は日本国憲法の理念であり、私達の理想でもあります。

自由民権運動は歴史に学び歴史を創造するために、豊かで貴重な経験を残しています。

民権かぞへ歌 植木枝盛 作


一つとせ

人の上には人はなき 権利にかわりがないからは この人じゃもの


二つとせ

二つとはない我が命 捨てても自由がないからは この惜しみやせぬ


三つとせ

民権自由の世の中に まだ目のさめない人がある このあはれさよ


四つとせ

世の開けゆくその早さ 親が子供に教えられ この気をつけよ


五つとせ

五つに分れし五大州 中にも亜細亜は半開か この恥ずかしや


六つとせ

昔し思えば亜米利加の 独立なしたるむしろ旗 このいさましや


七つとせ

何故おまえがかしこくて わたしらなんぞが馬鹿であろ このわかりやせん


八つとせ

刃で人を殺すより 政事で殺すがくちをしや この罪じゃぞえ


九つとせ

ここらでもう目をさまさねば 朝寝はその身のためじゃない この起きさんせ


(以下、二十番まで続く)


梅ヶ辻より桟橋方面を望む


女だるま


「ムシロ旗をかかげた自由民権運動が嵐となって吹き荒れる南海四国」
四国、沸騰してましたネ!


「自由民権と憲法 -「東洋大日本国々憲案」から「日本国憲法」へ-」という冊子をお土産に買いました。


はるばる高知まで来て、気がついたことは明治の高知は鼎(かなえ)が沸き立つように情熱が溢れ、活気に溢れていたということです。土佐のポテンシャルはすごいです!記念館から表に出たときの高知の元気のなさがあまりにも昔と好対照でかなり寂しかったです。


どうした土佐、どうした高知。
元気出せよ。





JR四国バス「なんごくエクスプレス」号のチケット 3600円
13:25発 高知・はりまや橋→松山・大街道


はりまや橋に戻ります。


はりまや橋の高速バスのバスのりば


洋風幕の内弁当(コンビニ弁当) + 和むらさきのプッチンプリン!


とさでんの超低床車(ハートラム)が目の前を通りました!


はりまや橋13:25発の JR四国バス「なんごくエクスプレス」号(0006便)が到着しました。土佐の高知に滞在 4時間弱、松山に向かいます。


川之江あたりの車窓。右側に瀬戸内海が見えます!




まもなく松山に到着します。



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町田市立自由民権資料館で自由民権運動の勉強




高知へ: 高知城やき、山内一豊になりきり天守から城下を眺望



高知へ: とさでん交通と輝く土佐の海、オレンジの土佐の海



高知へ: 追手筋の日曜市、はりまや橋の上で成人式の振袖娘2人と



高知へ: 高知市内散策、おーい龍馬!日本の夜明けは近いぜよ!


▼平成28年/2016年の岡山・香川旅行
香川県立ミュージアム 空海室で「弘法大師」の生涯と事績勉強
瀬戸大橋を快速マリンライナーで渡って岡山へ
「一陽来福」いざ西大寺会陽の舞台・岡山市西大寺へ!
西大寺会陽(はだか祭り)前編 - 平成28年"日本三大奇祭"
西大寺会陽 中編 - 会陽冬花火、六根清浄、裸群のくり込み、垢離取場
西大寺会陽 後編 - 本堂の大床、宝木投入、宝木争奪戦、枝宝木
西大寺 → 岡山 → 瀬戸大橋 → 坂出 → 善通寺
「しっぽくうどん」空海生誕の地の讃岐うどんはウマい!
善通寺: 四国遍路 第75番札所(弘法大師御誕生所)
曼荼羅寺: 四国遍路 第72番札所
出釈迦寺: 四国遍路 第73番札所
丸亀 シャッター商店街、丸亀城、古い家々、骨付鳥
空海修行の地!室戸岬・御厨人窟&神明窟 四国八十八箇所番外札所(霊場)
出釈迦寺 奥の院捨身ヶ嶽禅定(お大師様 捨身の行場)
捨身ヶ嶽禅定 護摩壇で見た 泣き悲しみ懺悔する男の人


▼以前の四国旅行コース
高知県桂浜で、坂本龍馬と土佐闘犬を見ました
土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。
豪快!パワフル!エネルギッシュ!高知・よさこい祭り
土佐電鉄。土佐のすばらしい風土の中を走る電車。
土佐和紙 「いの町 紙の博物館(高知県吾川郡)
土讃本線「南風16号」と徳島線で高知から徳島へ
ビバ阿波おどり - のぶひろ、本場徳島・にわか連で“踊る阿呆”に
ウェルかめ!ウミガメの産卵!日和佐うみがめ博物館・カレッタ(徳島県大浜海岸)
宇和島闘牛大会(和霊大祭場所)に大興奮!
宇和島・和霊大祭走り込みに感動(うわじま牛鬼まつり)
宇和海がキラキラ輝き、三原村はまぶしい緑色
夏の土佐・四万十川、日本最後の清流に感動
足摺ホエールウォッチングで大惨敗
四国カルストでハイジとダンス
郷里に眠る幸徳秋水(伝次郎)
鳴門の渦潮、池田高校(笑)、大ボケ?、こんぴらさん


プーチン来日。でも北方領土は戻らない(ロシアは返さない)

古い新聞が伝える北方領土問題


ロシアのプーチン大統領が来日しますが、ズバリ 北方領土は返ってこないと思います。後からなら誰でも言えるので、来日前に断言しておきます。択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島、いずれも今回のプーチン訪日では日本には返還されません。


北方四島交流センター ニ・ホ・ロにて ロシア軍将校の帽子を被る村内伸弘

北方四島交流センター「ニ・ホ・ロ」にて

国後島の島影

望遠鏡に映った国後島の島影 平成20年/2008年8月 村内伸弘撮影



なぜか?


倉庫整理を最近しているのですが、昭和31年(1956年)と昭和42年(1967年)の古い新聞が出てきたのです。この 50年も、60年も前の新聞に書かれていることと現状に大きな違いはないと感じています。ソ連でも、ロシアでも、結局は同じです。歴史は繰り返します。


日ソ共同宣言後も四島返還も二島返還もありませんでしたし、歴代内閣のいかなる交渉や提案でも四島返還も二島返還もありませんでした。ロシアは領土に関しては間違いなく現状維持しか考えていません。日本に対して、足元を見て領土返還を匂わせて、経済協力させるだけの魂胆です。ロシアの場合、「言葉」は信じず、「行動」だけを見るべきです。




平和祈念展示資料館



平和祈念展示資料館 Twitter


以前、新宿の「平和祈念展示資料館」で、極寒のシベリアでラーゲリ(収容所)に収容され、強制労働を課せられ、無念の思いで死んでいった先輩たちの姿を見ました。流した涙が凍り付いたままで息絶えた日本人の絵を息を呑みながら見つめました。


安倍首相外務省、その他関係団体、関係者のガンバリには敬意を表しますし、「じゃあ、お前は何ができるんだ?」と言われれば何も答えられないのですが、これらの古新聞を読むと、ロシアという国がしたたかで、狡猾で、一筋縄ではいかない国ということがよく分かります。


もう一度書きます。
ロシアの場合、「言葉」に惑わされてはいけません、ただただ「行動」だけを見るべきです。



▼昭和31年(1956年) 9月18日 朝日新聞

▼昭和31年(1956年) 9月18日 朝日新聞

松本全権、ソ連に領土を打診。

日ソ交渉 - 北方領土(日ソ共同宣言)

ソ連に"領土"を打診 → 結局、北方領土返還されず



▼昭和42年(1967年) 7月25日 産経新聞

昭和42年(1967年) 7月25日 産経新聞

領土問題で前進

領土問題で前進 コスイギン発言 外務省が分析

領土問題で"前進" → 結局、北方領土返還されず



映画「二百三高地」劇場予告


その昔中学生の頃、「二百三高地」という明治の日露戦争の映画を見たことがあるんですが、確か映画の中で、出征する先生が「美しい国日本 美しい国ロシア」と黒板に真っ白なチョークで書き残したシーンがあったと思います。


四島(しま)の平和的な返還と日ロ友好で「美しい国日本 美しい国ロシア」を名実共に実現したいものです。


(平成20年の僕のブログ記事より)



(参考)

北方領土復帰期成同盟 北方同盟オンライン


北方領土 - 外務省
北方対策本部 - 内閣府
北方領土問題への北海道の取組み - 総務部北方領土対策本部
北方領土対策室のトップページ - 総務部北方領土対策根室地域本部
独立行政法人 北方領土問題対策協会


芝生植え付け 6ヶ月後 TM9休眠期(冬眠)に入りました。

植え付け 6ヶ月。休眠(冬眠)に入った TM9(ティーエムナイン)

植え付け 6ヶ月。休眠(冬眠)に入った TM9(ティーエムナイン) 平成28年12月6日



平成28年(2016年) 6月9日(木)の人生初芝張りから 約6ヶ月が経ちました。先月、5ヵ月目の時にエアレーション、目砂入れ、施肥を行いましたが、秋の生育期が終わり、冬が来てどうやら僕の TM9くん、休眠(冬眠)に入ったようです。


ほぼ毎日見てますが、暖地型芝生(夏芝)の TM9はぜんぜん成長しません。植物界全体が冬を迎え、完全に休眠に入ったようです。芝生の雑草も生えてきませんし、庭の他の落葉樹もどんどん紅葉し、落葉しています。冬の到来です。


水やりも天にまかせてますし、雑草取りもいりませんし、この季節は芝生管理は何もやることがないのでヒマです。まあ、ジタバタしても始まりません。夏になれば水遣りに雑草抜きにと忙しくなりますので、11月もそうでしたが、12、1、2月は何もせず、しばらくはゆっくりさせてもらいます。


ヤマユリも植え終えたし、仕事を頑張ると共に新年も近いのでプライベートは倉庫整理に専念します 笑


植え付け 165日後
11月22日(火)の TM9の様子

冬枯れのTM9(ティーエムナイン)



植え付け 172日後
11月29日(火)の TM9の様子

休眠期(冬眠)のTM9

もう全然成長しませんね。まったく芝生伸びません。


冬眠期(休眠)のTM9



植え付け 179日後
12月6日(火)の TM9の様子

休眠中(冬眠中)の芝生TM9

冬眠ですね、TM9さんたちの冬支度です。伸びないどころか、気温が下がるにつれて芝生(TM9)の葉がどんどん茶色くなって枯れていってます。ここ八王子に冬が来ました。


冬眠中(休眠中)の芝生TM9


焦っても仕方がありません。
春を待ちましょう。


▼最後に植え付け後 6ヶ月間の TM9の成長ぶり?をもう一度ご覧ください。


芝生張り - 6月10日(金)

TM9のベタ張り(芝生張り)


1ヶ月目 - 7月8日(金)

TM9 - 貼り付け後 1ヶ月


2ヶ月目 - 8月8日(月)

TM9 - 貼り付け後 2ヶ月


3ヶ月目 - 9月6日(火)

TM9 - 貼り付け後 3ヶ月


4ヶ月目 - 10月4日(火)

植え付け 4ヶ月。茶色くなった芝生・TM9(ティーエムナイン)


5ヶ月目 - 11月5日(土)

植え付け 5ヶ月。エアレーション前の芝生・TM9(ティーエムナイン)

植え付け 5ヶ月。目砂を入れた芝生・TM9(ティーエムナイン)

目砂入れ後


6ヶ月目 - 12月6日(火)

植え付け 6ヶ月。TM9休眠期(冬眠)



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人生初芝張り! TM9(ティーエムナイン)植え付けの様子



芝生植え付け 1ヶ月後 TM9(ティーエムナイン)の成長記録



芝生植え付け 2ヶ月後 TM9(ティーエムナイン)の成長記録



芝生植え付け 3ヶ月後 TM9(ティーエムナイン)の成長記録




庭の水溜りを沓脱石(真壁小目/御影石)で改善



伐採/間伐: のこぎりを使った木の切り方・倒し方- 自己流w



抜根: 切り株処理(根の掘り起こし)に大苦戦!全身びっしょり滝汗~ (^^;



熊本産サルスベリ 夏祭り(ペパーミントレース)の植え付け



千重咲きが美しいつばき 淡乙女(乙女椿)の植え付け




ヤマユリの球根を大量植え付け、庭が「ヤマユリ群生地」へチャレンジ♪♪



ヤマユリの球根を下草や雑草の茂みの中やタイルの下に植えました。


「長持(ながもち)」を発見 - 昭和初期の古民具

昭和初期の民具「長持(ながもち)」

昭和初期の「長持(ながもち)」を発見
平成28年/2016年 11月28日 村内伸弘撮影


長持とは?

衣服・調度などを入れて保管したり運搬したりする、長方形で蓋のある大型の箱。江戸時代以降さかんに使われた。(広辞苑より)


棺桶(かんおけ)じゃないですよ 笑
長持(ながもち)です。


おばあちゃん家の倉庫を整理(断捨離)していたら、昭和初期の長持が出てきちゃいました。長持なんて、見たことも聞いたこともない人が増えていると思いますので、僕自身もビックリしてブログに載せました。


なぜ、昭和初期とわかるかというと、長持のかぶせ蓋(かぶせぶた)の裏にこう書いてあったからです。


長持 八王子市大和田町 村内榮一所有

八王子市大和田町 村内榮一所有
昭和20年3月11日 当所へ預ケ
大和田は当時、村内醤油店と自宅があった場所です(今もムラウチジョーシンあり)
当所はたぶん"留所/富所"で八王子市加住町のことです。栄一おじいちゃんは加住出身なので、空襲による消失を避けるため戦時中にこの長持を当所へ預けたと思われます。
☆村内栄一 - 村の内が栄えるのが一ばん良い事(忘れられた日本人)



さあ、それでは長持発見時のドキュメントをご覧ください。


倉庫の埃(ほこり)

見てください!倉庫の埃(ほこり)


倉庫の埃(ホコリ)

射し込む日の光が照らし出すもの凄い埃(ほこり)をw


倉庫の埃

埃(ほこり)

この倉庫の埃(ほこり)、ヤバ過ぎます 笑
マスクをして倉庫掃除を開始します。



大きな箱(木箱)を発見!
長持(ながもち)です!!


大きな箱(木箱)「長持」

長持 / 和櫃(わびつ)


長持の外観

長持の外観


まっ、"発見"というわりには周りがキレイになっているんですが、はっはっは。まるで、水曜スペシャルの川口浩探検隊シリーズみたいですね(笑)


川口浩が洞くつに入る~ぅ♪ カメラマ~ンと照明さ~んの♪ 後に入る♪ www



民具「長持」

「長持」という民具を知らない人は「棺桶」と間違えますよね。間違いなくっ。中からツタンカーメンのミイラでも出てきそうな雰囲気ですもんねw


長持の蓋(ふた)

長持のかぶせ蓋(かぶせぶた)


長持の側面

長持の側面


長持の長い取っ手(担い金具)

長持の長い取っ手(担い金具)
この取っ手と反対側の取っ手の 2つを真上にあげて、そこに長持竿を通して前後で担(かつ)いで運んだようです。


長持の側面下部

長持の側面下部


長持の取っ手

長持の取っ手。この部分は鉄でできています。


長持の鍵穴金具

長持の鍵穴金具


長持の鍵の穴

いわゆる収納箱ですから、運搬や保管の際に中身が飛び出ないようにカギがついていると思われます。


長持の鍵(カギ)

それではお待ちかね。長持の開封です☆


オーーッ!これひいおじいちゃん(村内栄一)のじゃん!!
しかも、昭和20年3月には現存してたわけだから、戦争や空襲をくぐり抜けてきてるし、昭和初期の作で間違いないです。


すごーーーい!よくぞ残ってた!!


長持の中身

果たして中身はなにか??


長持の中身

中身は綿の掛け布団でした。上に乗っている新聞は昭和42年の産経新聞でした。
僕が昭和43年生まれですから、僕が生まれる前から封印されてたわけですw
※昭和42年の新聞の内容は別の記事で詳細に報告する予定です ^^


ステキな柄のお布団

すごいステキな柄のお布団です。


お布団

わお!何枚も入ってます。


赤い花柄のお布団

赤い花柄のお布団が出てきました!見事なデザインの掛け布団です!!しかもほとんど汚れてませんっ☆


50年近く長持に閉じ込められていた赤いバラ柄の掛け蒲団が発掘されました。村内伸弘探検隊、川口浩探検隊を上回る成果を上げました。


倉庫の照明に照らされた赤い薔薇の掛け蒲団

薄暗い倉庫の照明に照らされた赤い薔薇の掛け蒲団


かけぶとん - 昭和42年当時の宝物

2列2段で 4枚の掛け布団が収納されていました。昭和42年当時はこの布団が宝物のようなモノだったのでしょうか?大事にしまってある感がプンプン漂ってきます。


青い花のかけぶとん

青い花


白い花のかけぶとん

白い花


真っ赤な花柄の掛け布団(綿布団)

50年の時空を超えて、姿を現した真っ赤な花柄の掛け布団(綿布団)


真っ赤な花柄の掛け蒲団(綿蒲団)

見事です!長持の中に入っていたので保存状態がとてもいいです!!父親と母親が協議して、「この長持はいい"長持"だからとっておく」ことになったので、そのままこの赤い蒲団だけは長持に戻しておくことにします。他の3枚の蒲団は捨て。


電球の薄暗い灯りといい、このある意味妖艶なデザインといい、なんだか遊郭にでも行った気分です 笑


長持の中

長持の中


誤って、中に落っこちて、カギを掛けられないようにしないとw ここに閉じ込められたら、それこそミイラになるまで出られなくなりそうです。ハッハッハ 


長持の箱の中

赤い蒲団を裏返し、二つにたたんでからしまいました。


かぶせ蓋をして、長持をまた長い眠りに戻します。


今、このまんまるの電球がかぶせ蓋をした長持(ながもち)をやわらかく照らしています。埃(ほこり)も箒(ほうき)で徹底的に除去しましたので、なんとなく清々しく浄らかな気分です。


六根清浄(ろっこんしょうじょう)♪ 六根清浄♪♪



▼今回の戦利品 父親の学習院大学の卒業アルバム

20代前半の村内寿一(村内壽一)の写真

20代前半の父親 若いっ!!


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マンリョウ(万両)の赤い実とセンリョウ(千両)の黄色い実

真っ黄色の実をつけたキミノセンリョウ

真っ黄色の実をつけたキミノセンリョウ
平成28年/2016年 11月29日 村内伸弘撮影



まずはマンリョウが赤く色づく様子を時系列でご覧ください。
11月の 6日15日29日の順番です。


116日 - マンリョウ(万両)

11月6日 - マンリョウ(万両)


1115

11月15日 - マンリョウ(万両)


1129

11月29日 - マンリョウ(万両)

11月29日 - マンリョウ(万両)

真っ赤~~



続いて、キミノセンリョウが黄色く色づく様子を時系列でご覧ください。
11月の 6日→15日→29日の順番です。


116日 - キミノセンリョウ(黄実の千両)

11月6日 - キミノセンリョウ(黄実の千両)


1115

11月15日 - キミノセンリョウ(黄実の千両)


▼11月29日 - キミノセンリョウ(黄実の千両)

11月29日 - キミノセンリョウ(黄実の千両)

11月29日 - キミノセンリョウ

11月29日 - 黄実の千両

真っ黄っ黄~



それから、もともとおばあちゃん家の庭には万両(マンリョウ)があちこちに自生しているんですが、それはそれで "めでたい"んですが、それよりも万両くん達の生存戦略には驚かされます。どんな場所でも生き残りますよ、彼らは!


最後にその様子を見てあげてください ^^


万両の木

他の木の下で見事に赤い実をつけています。


万両の木

日の光を求めてか?斜めに伸びて見事に赤い実をつけています。


ここでもやっぱり他の草の下で赤い実をつけています。


万両の実

ここは椿の木の下です。やはり赤い実をつけています。


マンリョウの木

もう少し上から見るとこんな感じ。


マンリョウの実

最後にまた別の場所では他の木の根元から伸びて、ここでも赤い実をつけています。


したたかに生き残ってますねマンリョウ君たち☆


(おまけ)

さざんか

さざんか


夕陽に輝く黄葉した葉っぱ

夕陽に輝く黄葉した葉っぱ


晩秋のうつくしき自然、バンザーイ!! ♪

晩秋のうつくしき自然、バンザーイ!! ♪


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爪斑万両(マンリョウ)を植え付け。芸術的な白斑が美しい!!



黄色い実の黄実の千両(キミノセンリョウ)も植えちゃいました