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熊野古道9: 日本最古の神社「花の窟(いわや)神社」と光り輝く熊野灘

花乃窟神社(はなのいわやじんじゃ) 三重県熊野市有馬町

花乃窟神社(はなのいわやじんじゃ) 三重県熊野市有馬町



イザナミの「墓所」

花の窟神社は「神社」とついていますが、ぶっちゃけイザナミの「墓所」なんです!


日本最古 花の窟神社

日本最古 花の窟神社


花乃窟神社
祭神
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
軻遇突智神(かぐつちのかみ)


例大祭
春祭 二月二日
秋祭 十月二日


神代の昔より花を供えて祭るので花乃窟と言う。
窟の頂上よりかけ渡すお綱は神と人とをつなぎ神の恵を授けてくださるお綱なり


平成九年五月二十三日


花の窟神社(はなのいわやじんじゃ/熊野市指定文化財 史跡)
熊野市は、神話や伝説が豊富なところで、その代表的なものがここ「花の窟」である。
「日本書紀」によると、皇室の祖先とされる女神天照大神(あまてらすおおみかみ)の母神である伊弉冉尊(いざなみのみこと)は、火の神・軻遇突智神(かぐつちのかみ)を産んだとき、火傷を負って死に、この地に葬られた。尊の魂を祀(まつ)るため、土地の人々は花が咲く季節に花を飾り、のぼりや幡旗(はた)を立て、笛太鼓を鳴らし、歌い踊って祭りを行うとされている。このことから「花の窟」という名前がついた。
熊野三山の中心である本宮大社は、主神が伊弉冉尊の子の家津御子神(けつみこのかみ)であるため、今も花を飾って祭が始まる。このことからもわかるように「花の窟」は熊野三山の根源ともされ、わが国の古代信仰の重要な意味を持った場所なのである。


お綱掛け神事(三重県指定無形民俗文化財)
「日本書紀」に記されていることが今に引き継がれ、2月2日と 10月2日には多くの人々が集まり「お綱掛け神事」が行われる。綱は藁縄7本を束ねた物で、花をつけた 3つの縄旗が吊るされている。この縄旗は朝廷から毎年奉納された錦の旗であったが、洪水で旗を積んだ舟が難破したため、縄でその形を模したのが始まりといわれている。


黒潮回廊と神々の古郷 熊野市


境内(参道)はすっごく神秘的です。


神はいます。まちがいなくここにいます!!


います!確実に神はここにいます!!今風のことばで言えばここ花の窟は確実にパワースポットです!!ゾクゾク感じます!!


僕が今までに神様がいると感じたのは出雲と日向とお伊勢だけなのですが、やはりここ熊野にも神はおわしました!!
宮崎県・高千穂 天岩戸、天安河原、高天原遥拝所
お伊勢参り:伊勢神宮 外宮(げくう)を参拝 …豊受大神宮
お伊勢参り:伊勢神宮 内宮(ないくう)を参拝 …皇大神宮



さあ、花の窟神社です。


みなさん、お気づきですか?ご神体が祀られている本殿や拝殿(建物)がないことを!ご神体はこの巨大な岩であり、岩壁なんです!!古代熊野の巨石信仰や巨岩信仰が現代までそのままの形で続いているんです。自然崇拝ここに極まれり!って感じです。


そして、ここは


イザナミのお墓

日本神話の女神・イザナミ(伊弉冉尊)の墓所!花窟神社(花の窟神社) なんです!


「伊弉冉尊(イザナミ)、紀伊国熊野の有馬村に葬しまつる」


と日本書紀にある墓所です。神社になったのは明治になってからだそうですので、ここは神社というよりも「イザナミのお墓」と認識するのが正しいのかもしれません。それにしても、イザナミですよ、イザナミ!!イザナミの墓所ですから、とんでもなく、とんでもなく、とんでもな~く古い聖地なんです。興奮します!!


花窟神社(はなのいわやじんじゃ)由緒書

鎮座地 三重県熊野市有馬町上地一三〇

祭神 伊弉冉尊(いざなみのみこと)、軻遇突智尊(かぐつちのみこと)

例大祭 春季例大祭二月二日 秋季例大祭十月二日


由緒

日本書記に「一書曰 伊弉冉尊火神を生み給う時に灼(や)かれて神退去(さり)ましぬ 故(か)れ紀伊国熊野の有馬村に葬(かく)しまつる 土俗(くにびと)此神の魂(みたま)を祭るには花の時(り)に花を以って祭る 又鼓(つつみ) 吹幡旗(ふえはた)を用て歌い舞いて祭る」とあり、即ち当神社にして、其の由来するところ最も古く、花窟の名は増基法師が花を以て祭るより起これる名なり。花窟神社は古来社殿なく、石巌壁立高さ四十五米。南に面し其の正面に壇を作り、玉垣で周う拝所を設く。此の窟の南に岩あり、軻遇突智神の神霊を祀る。
此の神、伊弉冉尊の御子なれば王子の窟という旧藩主に於いて、此の霊地保護のため寛文九年九月、及び元禄八年十一月四至限界御定書を下付し、且つ高札を建て殺生禁断を布令せられた。又、昭和二十三年四月十日天皇陛下が皇太子殿下の当時、熊野地方御見学の途次御立寄りあらせられる。


御綱掛け神事

紀伊風土記寛文記に「昔祭には 紅の縄 錦の幡 金銀にて花を造り散らし 花の祭また火の祭と云いしと 錦の幡は毎年朝廷より献上されたが 何れの年に熊野川の洪水にて幡を積みたる御船破れしかば 土俗祭日に至り 俄にせんすべなく 縄にて幡の形を作りしが 其後錦の幡の事絶えて縄を用ゆると」今土俗の用ふる所は、縄を編みて幡三流の形を造り、幡の下に種々の花を括り、又、扇を結びつけて長き縄(一一〇尋)を以って窟の上より前なる塔に高く掛け、三流の幡窟の前に翻る。
この神事は昭和四十四年三月二十八日、三重県無形文化財に指定される。


平成十六年七月 ユネスコ世界遺産登録

三重、和歌山、奈良の三県にまたがる熊野古道などを含む「紀伊山地の霊場と参詣道(さんけいみち)」の世界遺産(文化遺産)に花窟神社も登録。


手をおへその前で組んで直立不動で遙拝している人がいました。


玉石が敷かれた遙拝所


祭神 伊弉冉尊(いざなみのみこと)


沖縄の御獄(うたき)のような雰囲気です。


世界遺産・聖なる斎場御嶽(せーふぁーうたき)




祭神 軻遇突智尊(かぐつちのみこと) 王子ノ窟


世界遺産「花の窟」


「日本の現郷」熊野を訪ねてみませんか。


母神イザナミノミコトが宿る「花の窟」
火神カグツチノカミが宿る「王子の窟」
神生みの舞台がここにあります。



紀の国や 花窟にひく縄の ながき世絶えぬ 里の神わざ 宣長(本居宣長)


丸石。


左回り(反時計回り)で七回半回り、残りを右回りで巻き付けて固定する。


続いて、神社の目の前の浜に行ってみます。


国道42号線越しに見えた花の窟(はなのいわや)神社


七里御浜海岸(しちりみはま)
日本の渚百選!日本の白砂青松百選!21世紀に残したい日本の自然百選!だそうです!!


やってきましたね!神はこの浜から!!まちがいなく!!!!


「窟の熊野」。この巨岩「花の窟」は熊野三山信仰や伊勢神宮信仰よりも前の古代からの聖地なんだと本当に感じます。この神社を訪れる際は、ぜひ海からこの高さ 45メートルの巨岩を眺めてみてください。神はこの岩を目印に、海からやってきたことは疑いの余地がないと思います。キーワードは海です!!


神宿る岩、イザナミ葬られしところ。


太古の昔から一度も休まず打ち寄せる白波


七里御浜海岸、すばらしい渚です。


七里御浜海岸、神々しい渚です。


熊野灘を左に見ながら、車に乗って、新宮へ急ぎます。



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