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熊野古道4: 中辺路を歩く(船玉神社~"熊野本宮大社の神域の入口" 発心門王子)

熊野古道・中辺路(なかへち) 船玉神社


赤い鳥居はやっぱり日本そのものっていうイメージですよね!


近くでさっき僕を抜いていった白人のカップルがお弁当を食べてました。


病む老父(ちち)を 負ひて詣でし 秋熊野 音無川に紅葉(もみじ)映えゐし - 熊代敦子


赤城越えでアップダウンを乗り越えてきたので平らな道は大歓迎、しかも舗装路!ノープロブレム~


船玉神社を出発すると、すぐに猪鼻王子です。


猪鼻王子跡


この道は「大斎原(おおゆのはら)」へと続いていきます。


猪鼻王子跡(いのはなおうじあと)

滝尻王子から本格的な山岳路となった熊野参詣道(中辺路/なかへち)は、十丈峠、岩神峠を過ぎ、標高約500mの三越峠を越えると、熊野川の流域に入る。この猪鼻王子から先の道は、登り下りを繰り返しながら高度を下げ、明治22年(1888年)の水害まで熊野本宮大社が鎮座した熊野川の中洲「大斎原(おおゆのはら)」へと続く。「猪鼻王子」と刻んだ石碑は、享保八年(1723年)に紀州藩が熊野御幸の史蹟顕彰のために建てたもので、紀北産の緑泥片岩(りょくでいへんがん)製である。


和歌山県


こ、こんなところに高尾山の名主・ごん助さんが!!


ごん助を接写!


上から~


熊野古道・中辺路 「60」


沢に並行して歩きます。


発心門王子まであと 0.7km


猪鼻王子から発心門まであっという間です。近い近い!


皇太子殿下行啓の地~


発心門へ上り坂、心臓の鼓動だけが聞こえます。


松ぼっくり


発心門王子の鳥居が見えてきました。


熊野道


発心門王子(ほっしんもんおうじ)に到着しました。かなり整備されているデカい王子です。いやー、荘厳というか、すがすがしいというか、とても気持ちの良い開けた空間です。そうです、発心門王子は熊野本宮大社の神域の入口なんです、熊野本宮大社に向けて、さらに進んでいく気にしてくれる王子です。


発心門王子跡(ほっしんもんおうじあと)

熊野川の中洲に鎮座する熊野本宮まで約7kmの所にあるこの王子の名は、発心門すなわち「悟りの心を開く入り口」とされる大鳥居があったことに由来する。天仁2年(1109年)に参詣した貴族・藤原宗忠(1062~1141)は、まず門前で祓い(はらい)をし、発心門は大鳥居であり、参詣の人々は必ずこの大鳥居をくぐること、また、はるかに見遣る(みやる)と恐れを感じることを日記に書き残している。また、建仁元年(1201年)に和歌の講師として後鳥羽上皇の熊野御幸に供奉(ぐぶ)した貴族・藤原定家(1162~1241)は、王子社の背後にあった南無房という尼の居宅を宿舎とし、門柱に感動と祈願を込めた漢詩と和歌を書き付けている。熊野九十九王子の名称は地名や地形に基づくものが多いが、発心門王子の場合は信仰に関連する命名の代表であり、この王子が果たした役割の大きさを表している。

和歌山県



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