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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

オランダ坂の東山手甲十三番館、長崎・大浦東山手居留地跡を散策

長崎居留地で洋館巡り!まずはオランダ坂(活水坂)の途中にある東山手13番館を見学

東山手甲十三番館


東山手甲十三番館の干し柿


長崎は日本の近代化の起点です。
平成30年(2018年) 11月16日 村内伸弘撮影




長崎と言えば、
昔外国人居留地であった東山手。
歩いてみましょう!東山手・オランダ坂!!


オランダ坂に向かう坂道


大浦東山手居留地跡


大浦東山手居留地跡

安政の開国(1859年)により多くの欧米人が長崎に居住するようになったため、大浦、東山手、南山手、出島などは外国人居留地となりました。居留地は、日本の治外法権の地区で、外国人の自治領域でした。大浦・東山手界隈は、ヨーロッパ風の建物(ホテル、事務所、劇場、バーなど)で町並みが形成され、多くの外国人で賑わいました。現在、伝統的建造物群保存地区として、旧長崎英国領事館や東山手十二番館、東山手洋風住宅群などは建立時(明治期)の姿をとどめています。


雨の石畳の坂道

長崎最高~☆


湊会所跡


湊会所跡

安政6年(1859年)の安政の開国により、ロシア、フランス、イギリス、オランダ、アメリカなどの国と自由貿易ができるようになったため、この地に、貿易や外交などに関する事務を行う「湊会所」が長崎会所の一部として設置されました。


湊会所は、文久3年(1863年)に「運上所」と改められ、のちに現在の市民病院の場所に移り、さらに明治6年(1873年)に「長崎税関」と改称されました。湊会所は、現在の長崎税関の前身です。


※長崎会所・・・1698年から明治初期まで上町に設置されていた、オランダや中国の貿易に関する業務や幕府の運上銀や市中への配分銀などを管轄する機関


湊会所と長崎税関

江戸時代、鎖国政策のなかで、長崎は海外に開かれた唯一の貿易港でした。


幕末の安政5年(1858年)、5カ国との修好通商条約が締結され、翌安政6年(1859年)に長崎は横浜、函館とともに新たな貿易港として出発しました。そして、この年湊会所が設置され、貿易・外交に関する事務がこの地で開始されました。


湊会所は、文久3年(1863年)に長崎運上所と名称が改められ、さらに、明治6年(1873年)に長崎税関と改称されました。


湊会所は、現在出島町にある長崎税関の前身です。


長崎税関


渋っ!雨に濡れた石畳


長崎新観光百選の地



オランダ坂と活水(かっすい)女学校の説明板がありました。

(写真右)活水女学校


活水女学校

右の写真は、大正15年(1926年)4月、活水女学校(現在の活水女子大学)の本館校舎(鉄筋コンクリート4階建て)が新築された竣工直後の撮影と思われます。明治12年(1879年)12月1日、ラッセル女史とギール女史は、当初、宣教師館として建築された東山手十六番館(右写真左下)で学校を開校し、生徒1名からスタートしました。以後、同校は、人としての豊かな心を養うことを教育目標として、キリスト教に根ざす理念に基づき日本女子教育の草分け的な役割を果たしてきました。左の写真は、生徒数の増加に伴い、明治15年(1882年)東山手町13番の丘陵に建てられたラッセル館の様子で、大正2年(1913年)頃に撮影されたものです。


オランダ坂

かつて長崎の人々は、出島に住むオランダ人の影響から開国後も東洋人以外の外国人を「オランダさん」と呼び、「オランダさんが通る坂」という意味で、居留地の石畳の坂を一般に「オランダ坂」と呼んでいたそうです。この下のオランダ坂は、明治の初め頃にニールズ・ルンドバーグという貿易商が特別な火薬で開削したもので、写真は道路拡張前の昭和30年代の様子です。居留地界隈のオランダ坂は、映画やテレビのロケで数多く撮影され、長崎を代表する人気スポットの一つです。


長崎市東山手重要伝統的建造物群保存地区


保存地区は、丘陵の東山手町の大部分と、海岸寄りの大浦町の一部で、面積約 7.5ヘクタールの範囲です。


この地区は、1859年(安政6年)に横浜、函館とともに、新しい時代の自由貿易港として開港され長崎居留地が形成された場所です。


大浦の商館と海を見下ろす丘に位置し、ポルトガル、プロシア領事館や礼拝堂などが建ち、当時は、領事館の丘と呼ばれていました。現在も領事館や住宅などの洋風建物や居留地時代の石畳、石垣、石造り溝、煉瓦塀、樹木等が一体となって歴史的環境が残されています。


長崎市では、こうした町並みを、末永く後世に伝え残すため、平成2年(1990年)10月に長崎市伝統的建造物群保存地区保存条例により、保存地区を定めました。


さらに、平成3年(1991年)4月に国の「重要伝統的建造物群保存地区」として選定を受け、地域住民とともに貴重な町並みの保護保存に努めています。


長崎市東山手重要伝統的建造物群保存地区


長崎観光案内 大浦地区


オランダ坂


東山手洋風住宅群


孔子廟(こうしびょう)


日本の道 100選 オランダ坂



ソテツ(蘇鉄)


長崎はやっぱり九州なんだな~


右の方へ上がっていく坂道がオランダ坂(活水坂)です



古い石畳!道幅の変化や曲がり具合も芸術的!!

うつくしいオランダ坂(活水坂)


説明板にもありましたが居留地時代に、外国人(=オランダさん)がよく歩いた道をオランダ坂と呼んでいたのが名前の由来です。居留地時代、長崎の人々は白人のことを「オランダさん」と呼んでいたみたいでそれが定着した模様です。


このオランダ坂を上り始めるとすぐに異国情緒あふれる東山手13番館が目の前に現れます。


東山手甲十三番館

明治中期に建てられた洋風住宅。平成21年(2009年)4月から一般公開中。居留地インフォメーションのほか、世界遺産候補の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」のパネル等の展示を行っています。



お洒落ですね~☆


ピンク色のサザンカは洋館と似合います!


おーっ!長崎的ですね!!東山手の洋風住宅!いいな~


木造2階建。写真右(港側)のベランダがいいなっ!


ペンキが剥げかかっているのが逆にいいです。すばらしい!


ベランダの下に佇めば雨に濡れず、夏の強い日射しもさえぎることができる作り


ガラスが素敵過ぎる!!!!



ああ、いつものパターンだ。。。


超駆け足で巡りつつ写真撮ってるだけの寂しい僕。
本当はこういう場所でゆっくりしなきゃ旅に来た意味ないんじゃないの!?


ここに座りたーい


でも雨が降ってて、ちょっと寒いんで陽気がいい季節にまた来ます(^^)


東山手甲十三番館から見えた景色


写真中央右に見える山は鍋冠山です。麓に斜行エスカレーターが写ってます。


東山手甲十三番館の外観


1Fのレンガがまたいい味出してるぅ


庭の奥に敷き詰められた石も風情があります


そしてそして、干し柿までありました!!

洋館に干し柿


似合いますよね!


日本の文化も、ヨーロッパの文化も、中国の文化までをも吸収して混ぜ合わせてしまった長崎の包容力のなせるワザです!


干し柿のオレンジと洋館の淡い水色がホントよく似合います。



それでは洋館の中に入ってみましょう


ようこそ東山手甲十三番館へ

この建物は、賃貸住宅として明治の中ごろに建設され、香港上海銀行長崎支店長等が住んでいたようです。明治31年からはホームリンガー商会の職員が住み、昭和14年~31年にかけてフランス代理領事(アンドレ・ブクリ氏)が住んでいました。南側全面にベランダを配するなど、他の洋館には見られない特徴があります。


ようこそ居留地へ


無料休憩施設であり、国登録有形文化財でもあるようです♪


趣というかレトロ感というかスゴイ!すばらしいです!!


2Fに上がりました。2階の廊下


ああ、こんなステキな洋館に住みたいな~


居留地レトロファッション!!


この居留地レトロファッションドレスでオランダ坂で記念撮影できるみたいです!女性の方はぜひオランダ坂で写真撮ってみて下さい♪♪


長崎は日本の近代化の起点です。
幕末フルベッキ博士は長崎で若い志士達に人間の自由と平等を説き、語学を教え、西洋の文化文明を伝えた。


2Fの部屋の天井の照明


うぇーーん!ロマンチックだよ~


一度は訪れてみたいあの坂 3位オランダ坂


1位は函館市の「八幡坂」、2位は京都市の「産寧坂(三年坂)」だったみたいです。確かにどの坂も捨てがたいですね(^^)


オランダ坂 西欧に迷い込んだ気分に


2Fの窓から見た庭


写真右の石垣の下がオランダ坂


(写真下)屋根は瓦葺です


ベランダに出てみました

いやー!すばらしいです!!


咳が出ていて、やや寒かったのですが、そんなの吹き飛びました!


真下を通るオランダ坂通り


遠足?の子供たちが通りました


タクシーが通ります


そうです。この道は観光用の道ではなくって、今もこうやって長崎の人々や観光客に利用され続けている"現役の道"なのです!!


写真中央の赤い建物が昭和会病院、写真左下の白い建物が梅香崎中学校


2Fのベランダの屋根


2Fのベランダ


これ自宅だったんでしょ!?
HSBCの長崎支店長やホームリンガー商会の職員がうらやましー


長崎は埋め立てで海岸線がどんどん移り変わっていますが、当時はまだ海岸線が近かったのでたぶんこのベランダから海がよく見えたんじゃないでしょうか!
なおさら羨ましいです(笑)


活水(かっすい)女子大学の本館も見えます



東山手を描いた絵画がかかっていました。


2Fの奥の部屋


あーーん、こんな部屋なら今すぐ引っ越したい!


2Fの窓から見えた民家も同じような色の外観でした。この建物は洋風建築ではないみたいなんですがw


1Fに下りました



<館内1Fのカフェの様子は別の記事でご紹介します>



オランダ坂を再度上り始めます


東山手十三番館って、オランダ坂の途中にあるってことですね!


オランダ坂からメッチャよく見えます



東山手甲十三番館の旅の思い出ノートに書かれていたイラスト


同感です!


オランダ坂、すてきだな~



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