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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

102歳の大叔父から贈られた渋沢栄一の本 「現代語訳 論語と算盤」

第1次南極観測隊員から贈られた日本実業界の父の本

渋沢栄一「現代語訳 論語と算盤」
令和2年(2020年) 1月7日 村内伸弘撮影



102歳の大叔父、大きな声でしゃべるしゃべる!
102歳なのに食べる食べる!!


先日、八王子で村内家の新年会がありました。
102歳の大叔父さんから僕はこの本をもらいました。
直筆サイン入りです(笑)


もちろん、新10000円札&来年2021年のNHK大河ドラマの主人公である渋沢栄一のサインじゃなくって、僕のおじさんの直筆サインですけど。はっはっはw



102歳の大叔父からプレゼントされた書籍

日本実業界の父 渋沢栄一「現代語訳 論語と算盤」


渋沢栄一(しぶさわ えいいち)

1840年(天保11年)~ 1931年(昭和6年)。実業家。約480社もの企業の創立・発展に貢献。また経済団体を組織し、商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。他の著書に「論語講義」などがある。

近代日本経済の父 渋沢栄一

近代日本経済の父といわれる渋沢栄一は天保11年(1840)深谷市の血洗島の農家の家に生まれました。幼い頃から家業である藍玉の製造・販売・養蚕を手伝い、父市郎右衛門から学問の手ほどきを受けました。7歳になると下手計のいとこの尾高惇忠のもとへ論語をはじめとする学問を習いに通いました。


20代で倒幕思想を抱き、惇忠や惇忠の弟の長七郎、いとこの渋沢喜作らとともに、高崎城乗っ取りを計画しましたが、長七郎は京都での見聞からこれに反対し計画は中止されます。その後、喜作とともに京都へ向かい、一橋(徳川)慶喜に仕官することになりました。


一橋家で実力を発揮した栄一は27歳の時、慶喜の弟徳川昭武に随行し、パリ万国博覧会を見学し、欧州諸国の実情に触れることができました。明治維新となって帰国すると日本で最初の合本(株式)組織「商法会所」を静岡に設立し、その後明治政府の大蔵省に仕官します。栄一は富岡製糸場設置主任として製糸場設立にも関わりました。大蔵省を辞めた後、一民間経済人として株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れるとともに「道徳経済合一説」を唱え、第一国立銀行をはじめ、約500もの企業の設立に関わったといわれています。また約600もの教育機関・社会公共事業の支援と民間外交にも熱心に取り組み、数々の功績を残しました。

深谷市 渋沢栄一デジタルミュージアムより引用


10000円札になったり、NHK大河ドラマの主人公になったりして当たり前の功績ですよね。僕も平成の始めの頃、巣鴨で SONYのルートセールスをしていた時に(東京都北区の)飛鳥山公園の渋沢史料館や旧渋沢庭園の前をクルマで通っていました。メッチャ懐かしいです。



「渋沢栄一」という原点


帯の裏のこの抜粋が面白かったです。
読んでみてください。渋沢栄一のすごさがわかります。

JR、日経新聞、サッポロビール、みずほ銀行、帝国ホテル、明治神宮、聖路加病院。驚くなかれ、ここに出てくる固有名詞すべての設立に関わった人物が渋沢栄一なのだ。



村内必典(さだのり)

現在102歳、僕の大叔父・村内必典(さだのり)


僕のひいおじいちゃんやおじいちゃんとソックリです


昭和31年(1956年)第一次南極探検に参加した大叔父・村内必典

昭和31年(1956年)第一次南極探検に参加した大叔父・村内必典


第1次南極探検隊員  村内必典(さだのり)

車イスとはいえ、102歳で介護不要の元気さ!良くしゃべるし、良く食べる。なんとツイッターに持論を積極的に投稿していて、アカウントが炎上したりしているそうです(大爆笑)


すごい!
この世代の人たちはやっぱりスゴイです!!


広島に原爆が落ちたときに呉(くれ)にいて、原子雲を目撃、それを撮った写真が教科書に載ったこともあるそうです。この日も原爆が広島で炸裂した時の様子を昨日のことのように語ってくれました。


あとは健康法。
102歳まで生きるにはということでいろいろな健康法について話してくれました。脱帽です!



直筆サインはコレ♪♪

贈 必典(さだのり)

贈 必典(さだのり)


この「贈 必典」の文字が入っているので、この本はもう自動的に僕のバイブルになりました(笑)


102歳の大叔父からまさか渋沢栄一の本を頂けるとは思ってもみませんでした。



大叔父・必典(さだのり)の父親は村内栄一


渋沢栄一
村内栄一


栄一つながりで大叔父は僕たちにこの本をくれたのでしょうか?


今度、読んでブログに感想を書きますね~



村内栄一 - 村の内が栄えるのが一ばん良い事

村内栄一 - えるのがばん良い事


村内伸弘の曽祖父・村内栄一(むらうちえいいち)

僕の曽祖父&大叔父の父親・村内栄一(むらうちえいいち)



お正月は普段会わない人たちに会えるので楽しいです。
思いがけず渋沢栄一にも出会えちゃいましたし~(^^)/



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