「日本人の死生観」五来 重 … 死後の世界、そして人間とは何か?
人生の意義を明らかにする民俗学者・五来重の本
死後の世界。
死後の世界を問うことは、
人間とは何か、生とは何か、という
根源的な問いを問いかけるのと
同じである。人生の意義を
明らかにすることである。
今、このブログを読んでいるあなた!あなたですよ、あなた!!
僕と同じようにあなたはいつか必ず死にます。
古今東西、この世に生まれてきた人間は、必ず死にます。これは定めなんです。動物も植物も、よろず生きとし生けるものは必ず死ぬんです。ホモ・サピエンスが誕生してから約15万年、この間、生まれた後に死ななかった人類はただの 1人もいないんです!1人の例外なく、人間は生まれたら 100%死ぬんです。地球が誕生してから約46億年、この間、生まれた後に死ななかった生物はただの 1例もないんです。死なないものは生物じゃないんです。死なないということは命がないということなんです!!生き物とは死ぬものなのです。命があるということはいつか必ず死んでしまうということなんです。
だから、皆さん、死後の世界について一緒に考えてみましょう。それは、人間とは何か?命とは何か?を考えることと同じことなのです。
今年の僕のテーマは「人間」ですので、今回は庶民の宗教と民俗を考察した巨人・五来重(ごらいしげる)さんのこの本を読みました。※五来さんご自身も 平成5年(1993年)にこの世を去っています。この本は翌平成6年に初版発行された本です。
丹波哲郎的な "死後の世界"ではなく、キチンとした学術的な書籍ですので、この本は知的興奮に満ちたすばらしい内容でした。五来さんの洞察はとにかく鋭くて説得力に満ちあふれています。間違いなく仏教民俗学の巨人です!五来さんの本、チャンスがあればぜひ読んでみてくださ~い。
日本人の死生観 五来 重(角川選書 250)
民族の心のあり方をさぐる
日本人の死生観は、武士道的死生観だけではない。仏教以前からの、霊魂を不滅とする再生信仰があり、霊魂の供養とその儀式がある。もっと深いところに日本人の死生観の根本が根ざしていたといえる。本書は、民俗学の視点から、庶民の文化と精神の基層まで掘り下げ、あたらしい鉱脈を掘り当てることによって、はじめて日本人の霊魂観と死後の世界観をあきらかにする。
この本は本当にすばらしい本です、僕の本の中はマーカーだらけになっちゃってます。五来さんの指摘の中で、僕が特に刺激を受けた部分をフリースタイルで備忘録的に列挙します。皆さん、ぜひ、ぜひ、ぜひ、ぜひ!参考にしてくださーい☆
- 日本人は、死んだものがよみがえるという、再生、復活の信仰を持っている。
- 日本人は、霊魂と肉体を二つに分けて、死というものは霊魂と肉体の分離と考える。
- 霊から神へというのが、日本人の死後の霊魂のとらえ方である。どんな神ももとは霊であり、どんな霊でも祭りさえすれば神になる、というのが日本人固有の神観念である。
- 日本人は、死者を媒体項として神も仏もみな一つのものとして受け取っている。
- 親鸞聖人「某(それがし)閉眼せば加茂河にいれて魚に与ふべし」
- 日本人の霊魂に対する儀礼の一番根本になるものは鎮魂(死んで間もない荒魂の荒れるのを鎮める)である。
- いくら念仏を唱えれば往生するといわれても、それだけでは満足しないのが庶民。
- 死者の世界に一度いってくる、生まれ変わってくるというのが、大峯登山。古い我が死んで新しい我になる。
- 往生決定(往生決定)… 死んでも必ず往生できる。
- 死んで大地にかえる。
- 人間が生まれ変わって仏になる。
- 安楽死 - 日本人には、あまりじたばたしないで、どうせなら早く死のうという死生観がある。
- 人身御供(ひとみごくう) - 集団全体の罪を償って集団を安全にする。人柱。集団のために自分の命を捨てる。またそれを素直に受け取る精神構造というものが日本人にはある。
- 日本人は滅罪、罪ほろぼしということを非常に重んずる宗教を持っている。
- 表層的な日本文化の基層には、土くさいけれども健康な庶民文化があり、郷土愛と隣人愛に満ちたあたたかい庶民精神がある。
- 霊魂や死後の世界は、認識できないから存在しない、と考える一面と、それでは安心できない、という一面と、この両面を持つのが人間というものである。したがって死後の世界を問うということは、人間とは何か、生とはなにか、という根源的な問いを問いかけるのと同じことなのである。生と死は光と影にたとえられる。生も死に直面し、死と対決しなければ実感することはできない。したがって死後の世界を考えるということは、生を理解し、人生の意義をあきらかにすることにほかならない。
- 恐ろしいのは「人生は現在の自己だけ」という刹那主義、断絶主義、自己主義の精神的退廃である。
- 恐山 - 洗練された美を鑑賞するのではなくて、汗と血と涙にまみれながら死者への悼みとあたたかいいたわりを忘れなかった庶民の心を、肌で感じなければならない。
- 日本の庶民信仰では、多数の庶民が一紙半銭や労力をもちよって合力すれば、すべての人の得る現世・後世の幸福は相乗的に増大するという。これは日本民族が古代から現代まで、庶民の中に持ち続けてきた共同体意識であり、社会連帯観念の表出にほかならない。
- 円空の補修したという恐山の千体仏は、大きなお堂の須弥壇の上にデンと腰をおろして善男善女を見下すのではなく、庶民のあばら屋の病人の枕頭をセッセとめぐり歩くのである。円空は後世の好事家の鑑賞のために作ったのではなく、庶民の願にこたえるために刻んだ、その心が、われわれの心を打つのである。
- 巫女は一神社に専属して定住するよりは、霊を奉じて遊行するのが、本来の姿である。
- 不慮非業の死者や産死者、または未婚女性の死者は罪が重いとして、かならずイタコの口寄せがある。
- 鎮魂という問題は、当然怨霊という観念を前提にしています。神道や仏教あるいは芸能は、ほとんど鎮魂の呪術とその教理化、あるいはこれを芸能化したものが非常に多いのです。
- 戦争で死んだ人びとの霊は、鎮めなければならない、鎮魂しなければ何かよくないことが起こるという庶民の潜在意識がある。共同体や国全体のために犠牲になった怨霊をそのままにしておくと、生き残った人々は、何とはなしに「うしろめたい」のです。
- 庶民信仰を吸いあげて一つの運動にしてくれる教団というものがないのは不幸なことです。
- 神楽は実は鎮魂なのです。一年間使いふるした霊魂を抜きまして、新しい霊魂を身体のなかに入れると、健康で活力が出てくる。魂を入れ替えるわけです。そのために神楽が行われる。鎮魂神楽です。
- 早良親王(さわらしんのう)の無実ということは誰が決めたと思いますか。これこそ民衆なのです。政治家も官憲も公式記録も早良親王の有罪をきめても民衆が承知しないのです。
- 殯(もがり)の期間は蘇生を待つという説がありますが、私は穢れた肉体が消えて浄化される期間とみています。殯は一種の風葬です。
- 鎮魂は招魂と同じです。
- 大衆というのはものをいわない。それだけに意識の奥底に秘めているものによって支配される。それを知らないと、宗教も政治もうまくいかないのではないか。ただ大きな声で叫んで、デモってるものだけが思想ではありません。ものいわぬ思想というものがある。
- 仏教や神道のような人為的につくりあげた成立宗教の底の原点にあたるところが、庶民信仰というものだと思う。
- 庶民にまじわる遊行聖。
- 宗教というものは、生と死がコミュニケーションできる、あるいは死者というものの霊魂が不滅であるということが前提ですね。同時に、宗教者というものは人間以上の力を持っている。奇跡を行う力があるということ。奇跡と霊魂、霊魂の不滅と、奇跡の実在というものがなければ、宗教というものはありません。いくら高度な教理があっても、哲学があっても、これは宗教ではありません。
- 私は自己否定の結果が大いなる自我の肯定になる、人間否定からほんとうの人間性の開発、あるいは人間以上の能力の獲得ができるのだと思います。残念ながらそういう体験をする宗教家が非常に少なくなって、頭と口先だけで宗教を説くようになったわけです。
- 罪を意識するのは庶民の心というものです。自分の罪を懺悔すること、自分の身を苦しめて社会のために橋をかけたり、道をつくったり、溝をつくったりすること、あるいは恵まれない人びとに施しをすることも鎮魂です。
- 現代は、生命は地球より重いが、死はきわめて軽く扱われている。現代は、生と死をつなぐ霊魂が欠如しているから、生は全部で死は虚無である。
- 宗教は現世よりも来世に価値をみとめ、そこから現世の生き方を求めるものである。
- 中世の宗教的特攻機のような補陀落船
- 日本人の葬制の根底にある霊魂観というものは、仏教以前の民族的な霊魂観がそのまま生きている。日本の場合は、あるいは東洋の場合は、仏教という宗教が異教に非常に寛容であったので、民俗宗教が生き残ったのです。
- 死者の魂の嘆き、残された者の悲しみ、こういう死の無常を宗教が受けとるのは当然なのです。また、死んだ霊魂というものは、宗教が救うほかにはだれも救ってくれない。生きている者を救うには社会保障もあるし、あるいは人生観や哲学でもなぐさめられるが、霊魂は宗教によってしかなぐさめられない、救われないのです。そういう重大な菩薩行を、仏教は葬送をとおしてやってきた。そしてこの最も大事な点を下級僧侶の聖という人々が担ってきた。その聖によって仏教は庶民のなかに浸透したといえると思います。
- 相撲(すまい=素舞)そのものが、死者の鎮魂の儀礼だった。
- 伝承性 - 日本人は非常に義理がたい民族であり、先祖のやったものはなるべく変えない。そうすれば霊も喜ぶだろうという思いやりから、古代の姿を、文明社会までずーっと相続してきた。
- 死者の棺に入れる念仏紙も「空也誄(くうやるい)」に、空也上人が死者の上に念仏を書いた紙を載せていたというところからきており、念仏の功徳で死者を往生させようというのです。
- 布施をすることを仏教では作善(さぜん)といいますが、これは二つの意味がある。一つは社会的作善で、恵まれない人に施しをする。また、人々の困難を助けるため橋をかける、道を作る。行基が道を作ったり橋をかけた、というのはそういう死者の供養のためにといって、多くの人を動員したものと推定している。
- 葬制というものは、あくまでも宗教として菩薩行を行うものである。菩薩というものは、自分が立派な素質を持っていて、仏道修行をしているのですから悟る能力を持っている。悟る一歩手前まできている。しかし、自分が悟ることを後まわしにして、人の困っているのを助ける、悲しみをやわらげる、人の痛みに代わろうというのが菩薩行です。この菩薩行故に、日本仏教というものは葬送に関与しているのです。単なる儀礼としてではなしに、霊魂に対して、あるいは遺族に対する救いとしてこれに関与したのです。そして、死者の霊魂を幸福なる状態におくために、成仏させ往生させるのです。
- 日本仏教の理想は、家の繁栄、あるいは国家社会の発展と平和を目的とするもので、これがまた葬送の大きな理想です。こういう理想を実現してきたのが行基菩薩であり、空也上人です。こういう人々は、親鸞聖人、法然上人、あるいは道元、栄西のように教団を作りませんでした。これがまた尊いのです。教団をつくることも、大伽藍をつくることも、金襴の衣をつけることもない、これが本当の菩薩行であったと思います。葬送という菩薩行を空洞化させないためにも、行基、空也、そして以後の無数の沙弥や聖の行跡を、つねに思いおこしたいものと思います。
- 宗教というものは、庶民が「より良く生きたい」という願望であり、その祈りにほかならない。それは「今」の「私」をふくめて、過去の霊も、他人も、未来の子孫もすべてが「より良く生きる」ことの祈りである。そして、そのような祈りにはかならず奇蹟がともなうことも、宗教の本質なのである。
- 生きている私どもは、なまじ肉体を持つが故に有限である。しかし霊は有限な肉体を捨てたために無限大であり、永遠であり、万能になった。その意味で無限・永遠・万能な「ほとけ」は霊と同じだという。そのように日本人は死者と霊と「ほとけ」を同じものと見た。日本人は死者も祖先も「ほとけ」と見たのである。
- 仏教では坐禅をしたり、三昧行(さんまいぎょう)を実践したり、真言を唱えたりすれば「ほとけ」になれると教える。これを即心成仏といったり、即身成仏といったりする。しかし、日本人は信仰を持って正しい死に方をすれば、そのまま「ほとけ」なのである。
- 夫や息子に先立たれた女性が、小さな仏壇一つを心の支えに生きてきた庶民の歴史も長いのである。仏壇のはたした社会的宗教的役割は実に大きい。
- 高野山・奥之院霊域の墓原。昼なお暗い千古の老杉のもと、無数に林立する墓石群は、世界にも類のない宗教的景観をかたちづくっている。宗教というものが人間の死を契機として発現することを、この景観ほど具体的に教えるものはない。人はここに立つと人生とは一体何か、死とは何かを問わずにはいられない。高野山にこれだけの貴賤の墓ができるということには、日本人の宗教に、なにかこれを必然にするものがひそんでいる。
- 墓は人生最後の安息所であり、永遠なる魂の家である。波乱の多かった航海の最後に波しずかな泊地をもとめるのは、人間の自然な欲求であって、宗教の起源もまた死後の魂をいかにやすらかに鎮めるかにあった。宗教はもちろん生のためのものである。しかし、生あるものは必ず滅す。滅後の魂の用意なくして生を語るのは、港なき航海にひとしい。その不安はわれわれの生そのものをも無意義にするかもしれない。
- 中世を通じて貧しい人たちは、死者を野辺に風葬することを余儀なくされた。これを空也上人をはじめとする聖という、庶民仏教家はていねいに拾いあつめて、塚をつくり卒塔婆を立て、大念仏や踊り念仏によって供養を行ったのである。高野山納骨の起源をなす高野聖も、このような遺棄せられた貧民の白骨を笈(おい)におさめて高野の霊場にはこび、大師入定の地に厚く葬った庶民仏教家であった。このようにして仏教は墓をもつことのできない庶民の魂に、永遠の休息所をあたえた。仏教が一般庶民の間にひろまって、日本が今日見るような仏教国となったのは、庶民が仏教の教理を理解したためではなくて、寺々の年中行事と死者の供養 - すなわち、仏教民俗の普及にあったことは否定することのできない事実である。
- 日本民族の固有信仰では、人は「死後の祭」によって神になるという考え方があり、仏教が入ってからはこの死後の祭を「供養」におきかえ、神になることを「成仏」としたのである。日本民族の神の観念は歴史的にずいぶんはげしい変化をしてきたが、元来は人間が死後の祭によって一切の罪穢をきよめられた状態がカミであった。
- 行基はわが国の庶民仏教史上にもっとも重要な人物であるが、この偉大な宗教家は庶民のあいだに仏教をひろげるために、諸国を行脚して寺をたて、用水池をほり、水樋をとおし、橋をかけ、布施屋をつくり、船泊をおこし、荒地を開墾するなどの社会事業に一生をささげたが、後世にもっとも大きい影響を与えたのは、庶民のための火葬をはじめ、墓をおこしたことである。いま庶民的寺院が葬礼と墓地を管理するのは、行基の広大無辺なる慈悲行をうけついだもので、尊い宗教活動といわなくてはならない。
- 人は死ねば、「真に帰し無為に入り」永遠なる霊魂として、一切の個性を滅却するのである。宗教の世界では霊魂に貧富貴賤の差別はない。戒名という宗教的命名法はこの霊魂の平等性をあらわしたものであるから、できるだけ簡単で個性のないものが望ましいのである。
- 墓は故人の名を石に彫ってのこす記念碑ではなく、故人の霊をまごころこめて祭る神聖な供養の場である。墓は木の枝一本でよろしい。先祖の供養をおこたらぬということが、日本人の仏教信仰の真髄でもある。墓石を立派に立てて放置されるよりも、どんなささやかな墓でもまごころこめて子孫に祭られるにしくはない。「祖霊は他姓のまつりを享けず」ともいわれている。
- 写経は昔も今も供養の意をこめた信仰的所産である。
- 飛鳥、白鳳、天平時代の仏教は、優秀な仏教文化を生みながら、一般大衆とはあまり縁がなかった。平安時代に入るとともに仏教は弘法大師や伝教大師の力でいよいよ庶民教化と救済にのりだしたのである。
- わが国の社会は、古代と中世の交代期に氏神を中心とする血縁的な同族結合から、宗教団体を単位とする隣保的結合と変化してきたのであって、これを促したものが仏教の講であった。このような宗教団体は同族団体のように排他的、階級的ではなくて包容力があり、人類愛の宗教としての仏教の本質がもっともよく発揮されたものといえよう。
- 宗教は個人の安心や観念だけにとどまっている間はほんとうの宗教ではない。これが社会組織のなかにとけこんで、共同社会のかたい紐帯となってはじめて完全な宗教となる。
- よくいわれるように近代社会機構の欠陥というものがあるとすれば、それは貧富の懸隔や労使の対立よりも「人間性の喪失」にあるのではないかと思う。これこそ自由主義と個人主義と合理主義の上に立つ近代のもたらした、最大の不幸ではないだろうか。
- 日本的なヒューマニズムは文化人の独善や屁理屈のなかにはない。むしろ葬送にあたっての講組の「助け合い」という、無知で貧困な庶民のあたたかい義理人情(ヒューマニズム)のなかにこそ見出せる。
- 日本人は三か所も四か所も墓をつくる「複墓制」の民族なのであり、その根源は日本人の霊魂観念にある。
- 日本民族の祖霊崇拝の大きな特色は、死者をきわめて穢れたものと考え、死体から分離した霊魂も穢れており、邪悪で恐ろしいものと信じたことである。しかし、この霊魂はやがて子孫の種々な宗教儀礼、すなわち滅罪儀礼、鎮魂儀礼、贖罪儀礼などによって、だんだんきよめられ、高められ、やがては神となって子孫を守護し、恩寵さえももたらすと信じられた。これを私は霊魂昇華説(Sublimiation of the Souls)と名づけている。
- 日本人の浄土が一種の他界観念である以上、一般人にとってはそれがミロクの浄土でも弥陀の浄土でも、時のよろしきにしたがえばよかった。それは現世と異次元の世界で、苦悩のない楽土でありさえすれば、民衆のあこがれとロマンチシズムは満足されたのである。
- 原始古代から現代まで、人の死とともに墓があり、その墓は人間の生活や宗教的理念の変化とともに変化してきた。仏教が入るとともに、また墓の形態も変わった。しかし、仏教は民族固有の宗教観念までは変えなかったので、庶民の信仰や民俗はそのまま仏教の衣をきた形で今まで持続された。
- われわれは日常生活のなかで墓をわすれ、霊をわすれて生きているが、生と死をつねに表裏として生きる人間存在にとって、死は生の半分であり、死の実体化されたもの、霊の現実化されたものとして墓がある。
- すべて精神は文明とともに衰弱し、原始にさかのぼることによって生命を更新する。その原始の精神を素朴な庶民が伝承の形で、ほそぼそながら、現代まで継承しつづけたのが「民俗」である。
カバー・表紙・扉絵 - 熊野観心十界図
目次より
1.
日本人の死生観
2.
日本人と死後の世界
みちのくの神秘・恐山ーその歴史と円空仏
口寄せ巫女
3.
怨霊と鎮魂
4.
死と信仰ー補陀落渡海の謎
古来の葬送儀礼から見た現代の葬儀と葬具
仏壇
5.
墓の話
五来 重(ごらい しげる)
従来、教学史研究・思想史研究に偏りがちであった日本仏教の研究に、民俗学の視点・手法を積極的に導入。各地における庶民信仰・民俗信仰の実態について、綿密な現地調査と卓抜した史観にもとづく優れた考察を加え、地域宗教史・民衆宗教史の分野に多大な業績をのこした。
(Wikipediaより引用)
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