ムラウチドットコム社長・村内伸弘のブログが好き😍

ブログ三昧♪♪ ムラゴン、にほんブログ村、ムラウチドットコム運営の CEO(調子イイおじさん)がブログに恋し、ブログに狂う☆

無料ブログサービス muragon(ムラゴン) ブログランキング にほんブログ村 ECサイト ムラウチドットコム 決意56才

村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)は火山との共生を学べるジオミュージアム

火山との共生!普賢(ふげん)という言葉には「仏さま」という意味があります。島原鉄道の廃線跡=島原鉄道線の廃駅も発見~ん♪♪

がまだすドーム内のパネル「火山との共生」


九十九島(流山)と眉山(まゆやま)


「がまだす」って??
令和2年(2020年) 6月29日 村内伸弘撮影



がまだすドーム。
正式名称は雲仙岳災害記念館。


以前からこのジオと火山の体験ミュージアムを見たい見たいと思っていました。今回の島原旅行でその願いが叶いました。


がまだすドームは雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)の麓にありました。まさに、火山や火山災害について学ぶためのミュージアムでした!!



がまだすドームの駐車場(前庭)

普賢岳 平成溶岩


普賢岳 平成溶岩


種類 デイサイト(石英安山岩)

重量 30屯

採取地 水無川上流部


平成2年11月、198年ぶりに噴火した普賢岳は、想像を超えた2億立方米にも及ぶ大量の溶岩を噴出し、溶岩ドームを生成した。世界で最も新しい溶岩の誕生であり、我々と永く共存するものである。

その光景を眼前にして、普賢岳の壮大な鼓動と、それに共生調和しようとする人間の営みに深く共鳴するものである。

今次災害にお寄せいただいた全国の皆様の温かい御心に報いるため、速やかな復興を決意し、市民の総力を結集する象徴として、その一を選び、この地に移したものである。


平成7年11月17日 噴火5周年に当たり

島原生き残りと復興対策協議会


平成溶岩、ドでかいです!


平成噴火をたどるコース


島原に来たら、皆さんこんな感じで平成噴火をたどってみて下さい

がまだすドーム → 土石流被災家屋保存公園 → 旧大野木場小学校被災校舎・大野木場砂防みらい館 → ふかえ桜パーク(火砕流最長到達点)→ 平成新山ネイチャーセンター → 千本木展望所


平成噴火 驚異の真相をひも解こう!


ジオと火山の体験ミュージアム

がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)


がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)は、雲仙・普賢岳噴火災害の脅威と教訓を風化させることなく後世に伝承し、災害時に全国の皆様から寄せられた様々なご支援に対し感謝の気持特ちを伝えるとともに、火山や防災について楽しく学習できる施設として建設されました。

また、噴火によって新たに出現した平成新山や水無川流域等に広がる火山関係の遺構や施設を紹介する役割も担っています。

当記念館は、土石流の土砂を利用してできた埋立地に建設されています。また、建物まわりのロックガーデンの土砂も、点在する大きな岩も、実際に土石流によって流されてきたものを展示しています。



火山を学べるジオ・ミュージアム

がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)

火山を見る・体験する・遊ぶ・学ぶ・憩う。火山に関する知的エンターテイメントがギッシリ詰まった一大空間。平成2年(1990年)11月に始まった雲仙・普賢岳の噴火活動から平成8年(1996年)5月の噴火活動終息宣言まで、何が起き、何が残ったのか。大自然の脅威と、それに立ち向かった人々の英知をあますところなく展示しています。

島原半島ガイドブック 長崎県島原半島旅びよりより引用


がまだすドームって、普賢岳の土石流の土砂を利用してできた埋立地に建設されているんですね。ビックリです。


島原半島にある日本で最初の「ジオと火山の体験ミュージアム」


島原半島ユネスコ世界ジオパーク サイトマップ


がまだすドームキャラクター がんたくん


この岩も間違いなく実際に噴火で飛んできたか、土石流によって流されてきたものだと思います。



入館の時にコレで熱を測られました。

長崎県医療政策課の赤外線温度計


一瞬で熱が測れるのですごく便利ですね!
と思う反面、なんでいちいち熱を測られなきゃいけなんだという気持ちもどこかにまだあります(^^)


「がまだす」って??

島原の方言で「頑張る」「精を出す」という意味だよ。

子供や友人を「頑張れ!!」と激励する時には、「がまだせ!!」という言い方をするんだよ。

復興の合言葉として地元の人々に親しまれている言葉だね♪

雲仙岳災害記念館は、島原の復興のシンボルになるように「がまだすドーム」と呼ばれてるんだよ♪

がまだすドームキャラクター がんたくん


がまだすドームの入場券とパンフレット


ガイドマップ


Living with volcano
館内に印象的な写真がありました!!


火山との共生

平成噴火によるこの長く続いた火山災害は、壊滅的な打撃を地域に与えました。しかし、過去の噴火後もそうであったように、地元住民にとって時に恐ろしい災害をもたらす火山であっても、この地域を離れるわけにはいかないのです。火山がもたらす豊かな資源を活かし、人と自然との関係の中で火山と共に生きていくことが、この地で生活する人々の宿命であり復興への道なのです。また、この災害の混乱の中から災害救援を始めとしたボランティア活動も芽生えました。その活動は、阪神・淡路大震災や熊本地震などの救援活動につながり、現在も続いています。


火山とともに生きていく島原の人々、島原の子供たち。火山と共に暮らす人生、すばらしいですね。


信仰

普賢(ふげん)という言葉には「仏さま」という意味があります。普賢岳はまさに仏さまの山として、古来から、あまねく崇敬を集めた神の山でした。普賢岳の山並みのシルエットをよく見てください。ほら、仏さまが横たわった形が分かりますか?

ずっと昔からこの仏さまのお姿を人々は朝晩眺め、お山に手を合わせて日々を過ごしていました。人々は常に山と共に生き、自然を崇拝し、さまざまな山のめぐみを受け、やがて土着信仰が形成されていきました。


九十九島と眉山(まゆやま)


我が国最大の火山災害 「島原大変(しまばらたいへん)」


温泉の仕組み
島原温泉=重炭酸塩泉
雲仙温泉=硫黄泉
小浜温泉=食塩泉


湧水(Springs)

日本の「名水百選」に選ばれた島原の湧水群。その多くは普賢岳に降り注いだ雨が長い時間をかけて地下の帯水層を通り、海岸付近で湧きだした伏流水です。その清流には鯉が泳ぎ、水の郷としての情緒を深めています。島原半島は雲仙岳の伏流水を利用したそうめん作りが盛んで、夏はそうめん流しを楽しめます。また白玉団子を湧水で冷やして作るスイーツ「かんざらし」も名物の一つです。


溶岩の庭


平成3年6月3日
このシーンはすっごく有名ですよね。
僕たちの世代は(テレビですけど)当然リアルタイムで見ましたし、雲仙普賢岳と言えばこのシーンがすぐに頭に浮かびます。


大火砕流


一目散に逃げ出す地元消防団


▼火砕流の映像





がまだすドームの中にあった普賢岳の模型

眉山(まゆやま) 寛政4年大崩壊跡


火砕流や土石流の通り道となったエリア


島原半島世界ジオパークマップ


島原温泉・湧水めぐり


しま恋


この日は、「島原おくんち」の日。巫女さんたちも御輿と一緒に練り歩く。


かんざらしを食べる島原の女の子


長崎発 地域ドラマ  かんざらしに恋して
かんざらしを持っている主演の貫地谷 しほり(かんじや しほり)さん、龍馬伝の千葉佐那役でした。



消防車(島原市消防団)と葉タバコ 被災前の北上木場町


千本木より朝日に染まる溶岩ドーム


運動会と火砕流
この写真も衝撃的でした。火砕流が発生している中で運動会やってたみたいです。


閃光を放つ溶岩ドーム


ジーオくん(島原半島ジオパークキャラクター)
「泣き虫なので体に穴を開けないでね」って赤文字で書いてありました 笑


Global Geopark  UNZEN VOLCANIC AREA


半島ですが、もうほぼ島です。ブルーの海の中に島原半島は浮いています。半島内右上の茶色い部分が普賢岳と流れ出した溶岩や土砂です。この地図、噴火の状況がわかりやすいです。


切子とうろう・藁船で行われる勇壮な行事


切子とうろう薬船で行われる勇壮な行事

島原の精霊流しは 300年以上の伝統を誇っています。

島原の乱後、新藩主・高力忠房は人々の心の安定化を図るため、神社仏閣を再建させ、仏教を盛んにしました。

その一つが孟蘭盆の夜の精霊船での送り出しです。文化8年(1811年)の島原藩御触類集に「鉄砲町にて藁船を造り、聖霊送り、諫早門下へ送り流し候節、三味線等持特参、明方迄も酒宴に及び候趣相聞き、宜しからざる段、御沙少汰の事」との表記があり、その風習が広く広まっていたことがわかります。

15日は日暮れと共に町内に待機した精霊船が、初盆を迎えた家から出された切子とうろうを飾り、若い者に担がれて出発します。

「ナマイドー、ナマイドー」と声をかけながら進み、初盆の家や各地の広場で右に左に錬り回ります。

船は町内を一周した後、流し場へと運ばれ、有明海へと流されます。

切子とうろうにロウソクを灯した精霊船が、闇夜の有明海に浮かぶ姿は幻想的で美しいものです。

※切子とうろう・・・(読み)きりことうろう


いつの日にか島原の幻想的で美しい精霊流しを見てみたいなー


島原半島観光情報MAP


がまだすドームの紹介

がまだすドームの裏の有明海


釣りをしている人たちがいました。


がまだすドームの裏側


島原外港周辺の地図
坂本龍馬長崎初上陸地や宿泊する海望荘も載っています


がまだすドームを後にします。



ローカルな横断幕が民家の塀にとりつけられていました。


祝 江川湧清選手 V・ファーレン長崎 トップチーム昇格!!
深江フットボールクラブジュニア出身



おっ!

ここは廃線になった島原鉄道跡では??


うん!間違いないです!!島原鉄道 島原鉄道線の廃駅がありました!


秩父が浦駅です。2007年(平成19年)に廃駅になっていて、すでに線路はありません。


大興奮!ホームが存置されたままになっています!


島原鉄道は 2008年(平成20年)4月1日に島原外港駅~加津佐駅間が廃止になり、この秩父が浦駅も廃駅となりました。


廃駅ロマンですね~(^^)



▼今回の長崎旅行
長崎県の諫早や島原へ出発!コロナ自粛明け、長崎旅行へ
諫早「楽焼うなぎ」は北御門(きたみかど)の名物料理!二重底の楽焼の器「赤楽」がシブい!
諫早のフルーツバス停、種類が沢山あるよ~ メロン、イチゴ、スイカ、ミカン、トマトなどなど
シバヤンジ横丁&銅座・熱烈厨房の長崎やきそば。梅雨とコロナの長崎歩き
さようなら長崎駅。旧長崎駅ホームの線路がなくなった。雲龍亭浜んまちの一口餃子
解体直前の長崎・江崎べっ甲店。鼈甲細工の製造・販売を手がけた老舗が消えてゆく。。。
長崎大神宮で大きな願掛け。銀行建築の古き良き長崎銀行本店(こころのぎんこう)
雲仙グリーンロード(島原半島広域農道)を走り抜け、島原温泉へ
島原名物 ラッキーチェリー豆本店(藤田チェリー豆総本店)訪問記
雲仙普賢岳大噴火!大野木場監視所(大野木場砂防みらい館)&旧大野木場小学校被災校舎を見学
土石流被災家屋保存公園(道の駅みずなし本陣)に普賢岳噴火被災地の状況がそのまま永久保存されている
島原の郷土料理 具雑煮 + 手延べ素麺=具雑煮穴子そうめんとかんざらしをペロリ
タバコの葉越しの普賢岳&平成新山(溶岩ドーム)と「島原大変」の地すべりによる眉山の山体崩壊
サムライブルー龍馬像!長崎県島原市にそびえる日本代表 坂本龍馬~●
がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)は火山との共生を学べるジオミュージアム
龍馬が歩いた道!龍馬入港の地モニュメント 島原湊(長崎県島原市湊新地町)
長崎県の島原温泉 海望荘は心安らぐ畳のお宿でした
日本100名城 島原城の壮麗な外観、美しい石垣やお堀(長崎県島原市)
島原城キリシタン史料館で島原半島のキリシタン文化や歴史を知る
島原城西望記念館(巽の櫓)、民具資料館(丑寅の櫓)で島原の精神と文化を見る
島原城観光復興記念館と島原半島の郷土料理「ろくべえ(六兵衛)」


▼あわせて読みたい関連記事

美術館・博物館旅行記(ミュージアムブログ)の一覧

【美術館・博物館 決定版!】おすすめ美術館・博物館ブログ記事一覧 ミュージアムの写真たくさん有♪♪


鉄道・飛行機・乗り物ブログの一覧

【鉄道・飛行機・乗り物 決定版!】おすすめ鉄道・飛行機・乗り物ブログ記事一覧 鉄道、飛行機など乗り物の写真たくさん有♪♪


長崎旅行記(長崎ブログ)の一覧

【長崎旅行記 決定版!】おすすめ長崎旅行ブログ記事一覧 長崎観光の写真たくさん有♪♪

×

非ログインユーザーとして返信する