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村内 伸弘(むらうち のぶひろ)村内伸弘の彼女

長崎県物産館 長崎の郷土芸能・龍踊りの由来と大黒町唐人船、長崎県特産品マップ

JR長崎駅前の「長崎県営バスターミナルビル」2Fは長崎県産品の専門店で長崎らしいお土産や贈り物もすべて揃います!

長崎県物産館 龍踊りの由来


長崎県物産館 長崎県特産品マップ
平成31年(2019年)3月2日 村内伸弘撮影



路面電車の行き先を間違えて長崎駅に着きました 笑


JR長崎駅前(路面電車 長崎駅停留場)


長崎駅前の交通会館/長崎県営バスターミナル


ここに確か食堂があったので、そこで遅い昼飯を食べたいと思います。



ところが、レストラン閉まってました。。。
ショックです。。。


気を取り直して、館内を歩きます。



蛇腹胴(じゃばらどう)の張り子の龍がいました!

長崎くんちの「龍踊り(じゃおどり)」の龍です!


長崎に惚れたとか言っておきながら、まだ長崎くんちを見たことないのでこの龍に出会えて嬉しいです!


シンガポールで似たようなのは何度も見たことあるんですが、長崎くんちのは見たことないんです(涙)


長崎の代表的郷土民芸  龍踊り(じゃおどり)の由来

長崎の代表的郷土民芸

龍踊りの由来

社団法人長崎県観光連盟


龍踊りは、日本三大祭の一つとして全国的に有名な長崎諏訪神社の「くんち」に奉納される勇壮な郷土民芸であります。その勇ましくエキゾチックな踊りは、他の地方に比べるものがなく、全国的にもその名が知れわたっています。長崎の龍踊りは、もともと中国から移入されたもので、享保年間(約240年前)すでに諏訪神社のお宮口に参加した記録があります。


龍踊りは、中国で五穀豊饒を祈る雨乞い神事に始まったものといわれており、中国の年中行事や記念祭などには欠くことの出来ない催物となっておりました。


当時、唐人屋敷と隣接し密接な関係にあった長崎市本籠町の町民が、唐人達の指導を受け、300余年の間に、その踊り方は非常に巧みになり、日本独特の巧妙な演技を見せるに至ったのであります。


龍踊りの踊り方は、唐人服装をした玉使いが一人、龍衆が十人で、玉追い、玉隠し、胴くぐりからなっており、ドラ、タイコ、龍声ラッパ等の独特な拍子に合わせて、長さ20メートルに渉る龍が、さながら生物のように踊るさまは、実に壮観であります。


龍踊りは異国情緒豊かな、長崎独特の郷土民芸であり、昭和27年(1953年)8月、国の無形文化財に選定されております。


これが生き物のように踊るなんて、ほんとさぞかし壮観なんでしょう!見てみたい~!!


長崎くんち  じゃ踊り


この龍が長崎の街を乱舞する様はさぞかし豪壮なんでしょうね!!


「おくんち(長崎くんち)」の花形がこの龍神なのです!



唐人船(とうじんぶね)も隣にありました!

大黒町唐人船 ※約4分の1の大きさの飾り船


大黒町唐人船

大黒町唐人船のご紹介


諏訪神社で行われる秋の大祭、長崎くんちでは市内の各踊町(おどりちょう)がそれぞれ伝統の演し物を奉納します。これはその中のひとつ、大黒町が奉納する唐人船です。

長崎駅前に位置する大黒町は、明治時代より長崎くんちの演し物として、その昔長崎の港に停泊していた中国の船を模したこの唐人船を奉納してまいりました。


踊町の当番は七年に一度まわってきます。大黒町唐人船の前回の出演は平成23年10月7日〜9日の 3日間、諏訪神社を始めとした市内各所で船廻しを披露しました。


大黒町唐人船は全長 5.7メートル、マストの高さ 5メートル、総重量は約 4トンの巨大船で、底には鉄製の車輪がついております。船に乗った子供達の囃子(唐楽)のリズムに乗って、町内の屈強な根曳き達 16人の手によって前後に押し曳き、さらにはこの横車の重い船を、地響きを鳴らしながら石畳の上を豪快に回転させる様は圧巻であります。


ここに展示してあります唐人船は、本物の大黒町唐人船を模して町内の根曳き達によって製作された約四分の一の大きさの飾り船です。


2Fから 1Fへ下りる途中に長崎県特産品展示即売場という看板があり、その下に長崎の特産品がディスプレイされていました

みなさんも長崎に行けば、すぐに気がつくと思いますがこの日本、中国、オランダ、ポルトガルと実に様々な文化が混じり合う長崎という街には実に様々なお土産や特産品があるんです!


今朝風頭の長崎凧資料館(小川ハタ店)で見た、ハタ(長崎凧)もありました!


そしてそしてこの長崎県特産品マップを発見っ!
各地域、各地域、ぜひジックリとご覧下さい。

見えますか!長崎県内すべて、長崎・西彼地域も、県北地域も、県央地域も、県南地域も、実にいろいろな特産品があります!!


そして、対馬地域にも、壱岐地域にも、五島地域にも、実にいろいろな特産品があります!!

豊かな山の幸、豊かな海の幸、長崎は本当にすばらしいです!!!!



この後、長崎駅前から新地中華街に行こうとして路面電車に乗ったら、またまた別の方向に行っちゃいました。諏訪神社に向かってるぅ~


空腹だと人間の判断力は鈍ります。はっはっはw



▼今回の長崎旅行


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長崎バスで長崎駅前東口バス停~風頭山バス停へ


風頭 長崎凧資料館 - 長崎凧の館 (小川ハタ店)


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長崎の伊良林(いらばやし)を散歩。まさに長崎さるく!

巨大な石・屋外安置大石


長崎古道(長崎街道より古い古道)
平成31年(2019年)3月2日 村内伸弘撮影



若宮稲荷神社から "下界"に下りてきて、引き続き歩いています。長崎さるくです♪♪


「さるく」とは、街をぶらぶら歩くという意味の長崎弁です。今、僕は長崎の伊良林地区を「さるく」しています。



いきなり巨大な石が道ばたにありました 笑

屋外安置大石


ここは長崎四国41番霊場でした

伊良林観音堂  長崎四国41番霊場  屋外安置大石 周囲 10.54メートル

屋外安置大石

※この大石に刻印された蓮の花は、安永3年甲牛の年 (1774年)にエンカク坊が奉納したお経:大乗妙典一式全部がこの地に存在したことを示しています。

※この石には魂が宿っており、病気平癒、願い事が叶うと言われていますが、御大師様(弘法大師/空海)と二人づれの心を常に持って、お願い事にあたり、仏のお計らいを有り難く頂戴することが大切です。



安永三甲午天 奉納大乗妙典全部塔
十一月吉日
衍覺便成敬白


蓮華文様


安永3年って 1774年ですから、すでに 245年も経っています。風雨にさらされ、太陽に照らされ続けて 245年、刻まれた文字はまだ読めます。石に刻むってすごいんですね!



ほら!すぐ近くを軽トラが通ります、大きさを比較してみて下さい!
この石、めっちゃデカイでしょ!!

無造作に置いてあります。


というか、誰もこの石をどかすことはできないと思います はっはっはw


重さ的にもどかせない
たたりがありそうだからどかせない


よっぽどのことがない限り、この大石は長崎市伊良林のこの道ばたに存在し続けるんだと思います。100年後も、300年後も!すばらしいです!!!!



長崎街道より古いため、古道と呼ばれている道

長崎古道


この道とても古い道だそうです。
歴史ある長崎の街ならではです!


古い大きな石があったり、古い狭く曲がりくねった道があったり、長崎さるくは楽しいです♪♪


レンガ塀や洋館っぽい作りの民家もありました。

伊良林一丁目 7 という街区表示板がツタの下でかすかに見えました


ツタとレンガのすてきな競演!


レンガ多いです


石垣もあります


途中、こんな坂道も脇道にあります


地元の少年達がスケボーで遊んでました。最高の遊び場ですね 笑


古道だけあって、古そうな道祖神がいらっしゃいました。写真右側の電柱には「瓊浦高等学校」の電柱広告もありました。


脇道の細い石段


狭い古道の交差点前に書かれた「減速」の大きな文字



古道と別れを告げ、路面電車の停車場に向かいます。
そろそろ僕の風頭・伊良林散策も終わりに近づいています。


中島川


花いっぱい・笑顔がいっぱい・歌いっぱい

伊良林小学校


国道34号線へ 元気に発信!


長崎市立伊良林小学校


解体工事中 伊良林小学校屋内運動場等解体ほか工事


伊良林国民学校

伊良林国民学校


爆心地から南東へ約3,500mの距離に位置していた伊良林国民学校は、1902年(明治35年)に伊良林尋常小学校として創設、1924年(大正13年)には鉄筋コンクリート 3階建ての校舎が建設され、1941年(昭和16年)に伊良林国民学校として改称された。


1945年(昭和20年)8月9日、この日は朝から警戒警報が発令されていたため、生徒たちは家庭にて待機していた。


同日11時2分、原孑爆弾のさく裂により、校舎の窓ガラスや屋根、瓦、壁に甚大な被害を及ぼし、校庭の防空壕堀りに従事していた職員など二十数名が負傷した。


被爆直後、同校は臨時救護所となり、地元の医師や諫早の海軍病院救護隊などが来援し、負傷者の治療や救護にあたった。同校における治療患者数及び死亡者数は、「戦災患者収容並治療状況調」によると治療患者数 1,290人、死亡者数 266人となっている。


被爆後の対応については、学校沿革史によると「8月23日、児童の召集を行い、校内の取り片付け作業、9月6日、運動場の整理作業を職員が行い、遺骨を集め三十箱につめ、本河内の無縁墓地に埋葬した。9月7日、本日より児童登校し、4年以上は校内の取り片付け作業を行った。9月10日、本日より授業を開始した」とある。


長崎市はこの地で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、二度とこのような惨禍が繰り返されないことを願って、この銘板を設置する。


2007年(平成19年)3月

長崎市

(原爆資料館)



路面電車・長崎電鉄の新中川町駅停留場から新地に戻ります


この歩道橋の形や色も見事に味わいがあります


新長崎街道


路面電車長崎電鉄 新中川町停留場


ご覧のように新中川町からホテルがある新地中華街は一本です。


この電車に乗っていきます


ジャパネットが、Jリーグ「V・ファーレン長崎」のホームグラウンドの建設計画をぶち上げています!ものすごいスタジアムで、ホテルだとか、オフィス、マンション、マーケット、公園などを含めて一帯を一気に開発するそうです♪♪


高田社長、やべぇ 笑


大学生による NAGASAKI観光まちづくり


路面電車の車窓 新大工町市場


すれ違い


桜町トンネル(立体交差)を通過します!


僕が大好きなトンネルです。セナとかマンセルが走ったモナコグランプリのトンネルにいつもイメージをダブらせています(^^)


めちゃくちゃカッコイイ空間!!


トンネルの出口が白く輝く、感動的な瞬間っ!!
最高の気分です!
長崎最高!!



あっ!間違えた「赤迫」行きに乗っちゃった~
ホテルがある新地中華街ではなく「長崎駅」方面に向かっちゃってます。
乗る電車(行き先)を間違えたけど、この桜町トンネルをくぐれたので結果オーライですw


長崎駅停留場で下りて、遅い昼飯を食べることにします。計画変更です 笑



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別名: 勤王稲荷神社!竹ん芸でも知られる、「伊良林くんち/若宮くんち」でも知られる若宮稲荷神社。朱色の鳥居が連なる若宮稲荷神社参道(若宮通り)もステキ♪♪

若宮稲荷神社の坂本龍馬之像


風頭山頂の坂本龍馬像の原型


若宮稲荷神社参道(若宮通り)


扁額「伊良林稲荷神社」


扁額「伊良林稲荷神社」
平成31年(2019年)3月2日 村内伸弘撮影



風頭と伊良林、まだまだ龍馬関連のものがありますよ!
何だと思いますか!?


ハイ!風頭山頂の坂本龍馬像の原型となった若宮稲荷神社の坂本龍馬之像です。
若宮稲荷神社へレッツゴー!


若宮稲荷神社に向かって歩いてます

写真右下「坂本龍馬の銅像へ」という赤い矢印の看板が目に入りました


方形の鳥居 ※方形(ほうけい)=四角形、正方形


鳥居の柱が方形で作られていて確かに珍しいです


角張ってます


四角いです!鳥居っぽくな~い 笑



亀山焼

(左)亀山焼窯跡について (右)亀山焼登窯復元想像図


亀山焼の説明


亀山焼窯跡

亀山焼

この地は幕末の名陶・亀山焼の窯があった場所としても知られています。亀山焼は、文化4年(1807年)頃から長崎の伊良林郷で焼かれた陶磁器亀山焼で、最初はオランダ船向けの水がめ(陶器)を焼いていましたが、のちに中国産呉須を用いた格調高い白磁染付を数多く製作しました。田能村竹田、木下逸雲ら文人による絵付け作品でも有名です。慶応元年(1865年)頃に廃窯となり、龍馬たちはその亀山焼関連の家屋を借り受けて結社をおこしたとされています。

亀山社中記念館パンフレットより引用


亀山焼は 50年ぐらいしか焼かれなかったので「幻のやきもの」とも言われているそうです。


それにしても長崎は坂が多いので、こういう景色がどこからでも拝めます!


美しい街を見ながら界隈を歩き回ります


若宮稲荷神社が近づいてきました


可愛らしい太鼓橋がありました♪♪


こういうところにも旅情を感じます。長崎、最高!



若宮稲荷神社

若宮稲荷神社本殿に到着しました


なんだぁ~ このおみくじは~!!


日本史上.... 100%不可能と言われたびつけた若宮稲荷神社の薩長同盟おみくじ


薩長同盟おみくじ 1枚100円


これはひくしかないな!と思いましたが、去年の 11月に孔子廟で最高のおみくじが出ているので、その効果を持続させる(打ち消さない)ようにと思って、今回はやめときました。次回は "薩長同盟おみくじ"ひいてみます(^^)/


事業(商売)    幸運な巡り合わせで必ず成功するでしょう。

事業/商売 - 幸運な巡り合わせで必ず成功するでしょう。


ジャジャーン!龍馬いた~!!


若宮稲荷神社の坂本龍馬之像

若宮稲荷神社の坂本龍馬之像は風頭公園の像に比べて、かなり小ぶりです。


それもそのはず、風頭山頂の坂本龍馬像の原型なんだそうです!


あと、この若宮稲荷の龍馬像は風頭公園に較べて、顔がちょっとふっくらしてますね 笑

▼風頭公園版と較べてみてください

風頭公園の坂本龍馬像


ちょっと太った印象の龍馬が逆にかわいいです!


坂本龍馬って、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」あたりから神格化されてる感があるので、こういうどこにでもいそうな感じの銅像も親近感があってステキです♪♪


そこらにいる兄ちゃんって感じがいいな~


偉人感がないです、この銅像。
僕はそれがいいな~~


坂本龍馬之像


坂本龍馬之像

慶応元年(1865年)幕末の風雲児坂本龍馬は、伊良林・亀山に日本最初のカンパニー「亀山社中」を創設した。亀山社中は、商業活動のかたわら倒幕運動にかかわり維新回天の事業を推しすすめ、日本の近代化に大きな役割を果たした。


この銅像は、風頭山頂に立つ坂本龍馬之像の原型であり、龍馬ゆかりの地・亀山社中の一層の発展を願って制作者山崎和國氏から寄贈されたものである。


題字は、山崎和國氏書。


平成3年11月吉日

亀山社中ば活かす会



坂本龍馬と若宮稲荷神社


若宮稲荷神社は「勤皇稲荷」とも呼ばれています。

これは、当稲荷が南北朝の武将・楠木正成(1336年没)の守護神であったことにちなみ、幕末に来崎した諸藩の志士が多く参詣したためと言われています。


幕末当時、頼山陽の「日本外史」等の影響により、楠木正成の人気が高まり、勤皇の志士たちの厚い尊敬を集めていました。


坂本龍馬(1835年~1867年)も正成を崇拝していたらしく、正成の最期の地である神戸・湊川では「月と日の むかしをしのぶ みなと川 流れて清き 菊の下水」という歌を詠んでいます。また、今も残る写真には、正成所持の刀を模して作らせたと言われる脇差を、腰に差した姿でおさまっています。


若宮稲荷神社は、龍馬の創設した亀山社中や、盟友・佐々木三四郎と会飲した料亭・藤屋にも近いことから、たびたび参詣して、日本の維新回天が一日も早く成就する事を祈っていたのではないでしょうか。


(亀山社中ば活かす会)


このお稲荷さんは亀山社中始め諸藩の勤王の志士たちが参拝した"勤王稲荷神社"という別名があるそうです!


"勤王"というとやはり京都のイメージがあるんですが、長崎も幕末の激動の中心地だったんですね!!


それとこの看板にも「亀山社中ば活かす会」という名前がありました。「亀山社中ば活かす会」の情熱にはただただ脱帽です。



若宮稲荷神社の境内


たぶん、長崎観光の際にこの若宮稲荷神社を訪れる方はあまりいないと思うんです。


でも、とても魅力的な場所なのであなたもぜひ訪ねてみて下さい。

長崎11社 スタンプラリーとかも楽しそうですしね


竹ン芸
毎年10月14日、15日に、キツネ面を付けた白装束の若者二人が命綱なしで高い竹の上に登って、三味線などに合わせて芸を披露するそうです。「竹ン芸」見てみたいですね♪♪


龍馬のお守り(夢叶う志守)


勤皇の志士達が 抱いた如く志は高く 夢叶いますように


竜馬絵馬!もしかすると日本で一番カッコイイ絵馬かも!?


 龍
絵馬


ってなってます 笑


やっぱりかっこいいです!


境内、独特の雰囲気です


大きな石の上に社(階段)が乗っています!


神秘的な感じです!!


境内から階段で下に下りました。これは振り返ってみた様子です


どんどん下へ下りていきます。下界へ戻る感じですw


赤い鳥居が続く参道をひたすら下りていきます。


ホント上りじゃなくって良かった。
風頭は"上から攻める"が鉄則ですねw


もう一度振り返って見た若宮稲荷神社の参道


すごーい!
ここまだ外国人に知られてませんね!
伏見稲荷が外人でごったがえしているのに比べてとても静かです。
日本人すらいません 笑


若宮稲荷神社参道(若宮通り)すばらしいです!!このすばらしい風景を僕は独り占めしています!!!!!!


ワンダフル!お稲荷さんムードあふれる朱色の鳥居が幾重にも連なります。


参道脇道の石垣や階段


またまた振り返ります。


つづら折りの参道の石段があまりにもすばらしいです!!


朱色の鳥居が列をなして立つ壮観!


下から上っていく場合はこういう光景なんですが、これ上まで行くのかなりキツイですよ、マジで!夏はヤバイと思います 笑


途中、休石がおいてあるのはわかります。



どうですか!荘厳で神秘的な雰囲気すら漂っています。僕は本数数えませんでしたが延々と約70本もあるそうです!


ちかん特別警戒地域


龍馬大活躍(笑)

収集後は、ごみを出したらいかんぜよ。

坂本龍馬


下界へ下りてきました

扁額には「伊良林稲荷神社」と書いてあります。


同じく扁額には「伊良林稲荷神社」と書いてあります。




次回は下から若宮稲荷神社の本殿まで上ってみようかな~
もちろん冬にね~w



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風頭 長崎凧資料館 - 長崎凧の館 (小川ハタ店)


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長崎 亀山社中資料展示場は幕末古写真や資料の宝庫!龍馬ファン・歴史ファンにおすすめ!


長崎・若宮稲荷神社の坂本龍馬之像(風頭山頂の坂本龍馬像の原型)


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