人間は、やっぱり出来損ないだ。田中角栄元首相

人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ。」


田中角栄(元内閣総理大臣)

国会議員の発言は、国民大衆の血の叫びである!


田中角栄(元内閣総理大臣)



僕の蔵書: 早坂茂三の「田中角栄」回想録

僕の蔵書: 早坂茂三の「田中角栄」回想録


「田中角栄は男だ」 著者 - 故 早坂茂三(田中角栄秘書)氏


早坂茂三の「田中角栄」回想録 初版本(第一刷)

僕の蔵書は初版本です。昭和62年(1987年)5月20日 第一刷発行。


当時通っていた中央大学の生協で買いました。


※ご注意: 冒頭の田中角栄の発言はこの本には収録されていません



田中角栄がブーム みたいです。


僕らの世代は子供の頃にロッキード裁判真っ只中だったので、「今太閤」とか「コンピュータ付きブルドーザー」とか呼ばれていたこの田中派のドンのことはよく知っていますが角さんのことを知らない世代が世の中に増えてきたことでブームが起きてるんでしょうか?


ただ、平成には田中角栄は出てこないんですけどね(笑) 角栄も、長島茂雄も、美空ひばりもみんな "昭和"という土壌の中だけで咲い(け)たんですよ。力道山も、石原裕次郎も、本田宗一郎も、手塚治虫も、土門拳もみんな "昭和"という時代の人間たちなんです。


温故知新は大切ですが、角栄のエッセンスを噛みしめながら僕たちは未来を向いていくべきだと思います。


まあ、それにしても「人間は出来損ない。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうか?」というのは名言だと思います。田中角栄なんでこの名言は "だみ声"で語られたはずなんですが、言っていることはマザー・テレサの愛の言葉とまったく同じです!


私は自分の心の中に、死にゆく人々の最後のまなざしをいつも留めています。そして、私は、この世で役立たずのように見えた人々が、その最も大切な瞬間、死を迎える時に、愛されたと感じながら、この世を去ることができるためなら、何でもしたいと思っているのです。

マザー・テレサ


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命の限り 蝉しぐれ「まえがき」


日本が戦後の焼け野原から高度経済成長を果たしたのは、戦争へ行って帰ってきた復員軍人が政界、官界、財界、学会に入り、窮乏に耐えて何とか日本を復興しようとの一念に燃え、魂を奮い立たせ、渾身の力を振り絞って努力に努力を重ねてきたからである。


ところがその後の二世、三世は生まれたときから銀のスプーンをくわえ、テレビ、自動車、美食の中に育ち、父祖の労苦をきれいさっぱり忘れ去ってしまった。日本人としての「こころ」を失ってしまった。


私の見るところ、彼らは哲学的にも思想的にも、また気迫という点においても、貧相である。国家や共同体の維持発展に関して必死の精神、魂、悲願が窺えないのだ。そこをいかにして立て直していくか、これがわが国にとっての喫緊の課題である。


政治とは突き詰めれば、魂であり精神であり気合なのだ。


中曽根康弘「命の限り 蝉しぐれ」からの引用

「議員辞職にあたっての所感」


自分は国家のために命を捧げるといってきた人間でありますから、国家的事業、国家のために尽くし尽くし死んでいく、そういう決心を曲げないでやっていきたいと思うんです。


晩年の舞台においては、いままでの政治家やいままでの人がやれなかったことを私はやり抜いてみせよう。みんな引退するとか引っ込んでいるのがふつうのことでありますけれども、私の愛国心はそれを許さない。


私は戦争に行って戦死すべき人間だった。それを生き残ってきておるわけでありますから、最後まで国家のために命を捧げる。 


2003年(平成15年) 10月28日 - 高崎

中曽根康弘「議員辞職にあたっての所感」


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