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ケアンズ旅行 3: "天空の城ラピュタの城" パロネラパーク

"天空の城ラピュタの城" パロネラパーク
平成27年/2015年12月25日(金)


パロネラパーク/Paronella Park
パロネラパークオフィシャル日本語ブログ - アメーバブログ



ケアンズオプショナルツアー パロネラパーク

オプショナルツアーの人がこのど派手な小型バスでホテルに迎えに来てくれました。「"天空の城"パロネラパーク&神秘熱帯雨林ツアー」に参加します。


まず最初にパロネラパークへ向かいます。


どんよりとした天気です。


マウントピラミッド

マウントピラミッド


ケアンズ マウントピラミッド

マウントピラミッドは文字通り、ピラミッドみたいな山ということです。確かに、キレイな三角錐でエジプトのピラミッドみたいですよね~


ケアンズ ガススタ

ガススタ


大雨が降ってきました!さすが熱帯雨林!!


この雨がクイーンズランド州北東部の湿潤熱帯地域を豊かにしています!雨バンザイですよね!!


ケアンズ バナナの木

バナナの木


ケアンズ 畑


パロネラパーク / Paronella Park に着きました。


スペイン人移民ホゼ・パロネラが築いた夢の城!
宮崎駿監督のアニメ映画「天空の城ラピュタ」の城!?


ケアンズ旅行に行こうと思うまで、パロネラパークは正直知らなかったので、楽しみです。


パロネラパークのシール

クリスマスでパロネラパークはお休みのようでしたが、僕たち日本人ツアー隊だけ特別に入れるようです。


ザ・キャッスル / The Castle

ザ・キャッスル / The Castle


パロネラパーク ザ・キャッスル

腰掛けの泉 / Wishing Well

願掛けの泉 / Wishing Well
まあ、いわゆる"トレビの泉"だと思います(笑)


パロネラパーク 願掛けの泉

ミーナ滝 / Mena Creek Falls

ミーナ滝 / Mena Creek Falls


大階段

ガイドさんを先頭に大階段を下っていきます


軽食堂 / Lower Refreshment Rooms

軽食堂 / Lower Refreshment Rooms の裏側に出ました。


廃墟感たっぷり~ 夢の跡感たっぷり~
古代遺跡みたいな不思議な感じです。


いいかんじです~
さっき降った雨が、木々を緑に輝かせ、ここパロネラパークを瑞々しくしています。すばらしいところです、パロネラパークは!!


建物内の天井部分


原色の赤や黄色が美しいヘリコニア


シダだと思います


恋人たちの小道 / Lovers Lane

恋人たちの小道 / Lovers Lane


愛のトンネル / The Tunnel of Love

愛のトンネル / The Tunnel of Love


光が差し込む様子。陰影がすばらしいです!!


パロネラパーク 愛のトンネル

トーチジンジャー

熱帯の花・トーチジンジャー。ジンジャーですから生姜(しょうが)の一種ですよ~


いいですね、とにかく!コンクリートではなく、木が、水が、石がいいです。最高の気分です。


カウリアベニュー / Kauri Avenue

カウリアベニュー / Kauri Avenue


カウリの木

カウリの木


パロネラパーク カウリアベニュー

この緑のみずみずしさを見てください!これぞ、生命です!!この植物は生きています!みずみずしい生命を感じませんか?この写真を見て!!


軽食堂 / Lower Refreshment Rooms 前

軽食堂 / Lower Refreshment Rooms 前


熱帯雨林の中に静かに佇む廃墟。


苔むす廃墟。



いくたびか栄枯の夢の
消え残る谷に下りて
河波のいざよふ見れば
砂まじり水まきかえる
ああ古城なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
(島崎藤村)


泉 / The Fountain

泉 / The Fountain


ヘリコニアの鮮やかな色にやはり見とれてしまいます。


ミーナ滝

ミーナ滝に戻ります。


吊り橋 / Suspension Bridge

吊り橋 / Suspension Bridge


ヘリコニア

この花、とにかく気に入りました。この赤も、このイエローも僕が大好きな色です!


吊り橋、せっかくなので渡ってみましょう!


吊り橋、渡り始めます。


真上から見る滝がすごいです!!


ゴーゴーと音をたてて落ちる滝の迫力がすごいです!!


轟々!


昔、祖谷のかずら橋寸又峡の夢の吊橋を渡っているので怖くはなかったんですが、やっぱり興奮しますよね!みんな、はしゃいでいました(^^)


渡りきったところからみた景色。


ヤバイですよねw



パロネラパーク 吊り橋

パロネラパーク、素晴らしかったです!!この後、パロネラパークの創設者ホゼ・パロネラの人生が綴られたパンフレットの文章を掲載させて頂きますのでどうぞご覧ください。


幸運の青い蝶「ユリシス(オオルリアゲハ)」

幸運の青い蝶「ユリシス(オオルリアゲハ)」
見ると幸せになるそうです!園内でツアー同行者が見かけたようですが、僕は見られませんでした。残念っ!"見ると幸せ"で、"見ないと不幸"ではないのでノープロブレム~♪


ヒゴロモコンロンカ

ヒゴロモコンロンカ。熱帯の赤は実にビビットですねっ!


タケノコ?これまた不思議な植物。


パロネラパーク近郊の地図

パロネラパーク近郊の地図


パロネラパーク(Paronella Park)の看板

パロネラパーク(Paronella Park)の看板


パロネラパーク駐車場

パロネラパーク駐車場


マンゴーワインの看板

パロネラパークの入口にあったマンゴーワインの看板
Golden Drop Mango Wines


さようならパロネラパークよ!素敵な思い出をありがとう!!


Paronella Park The Dream Continues・・・


「あの日、あの滝に立ち、ここに自分の城を築こうと決めたのは、まるで昨日の事のようだ・・・」

滝と共に生き、城建設に生涯を捧げたパロネラパークの創設者ホゼ・パロネラが、生涯の幕を閉じる時の言葉である。


スペインの田舎町・・・月明かりの中、祖母が寝る前に話してくれるスペインのお城や貴族にまつわるお伽噺に心をときめかせる少年がいました。いつも話の主人公に成りきっていた少年の夢は、「いつか自分自身のお城を持つ事」。

パーク創設者ホゼ・パロネラの原点はここにありました。


しかし、夢とは程遠い厳しい生活の中で、ホゼ少年の夢はあまりにも大き過ぎたのです。家族を助ける為に早くに学校を退学したホゼは、20歳を過ぎてケーキ職人として働き、そこで経営・商法を学び立派な青年へと成長していきました。そんなホゼに、人生の転機が訪れました。オーストラリアでの労働者募集の広告を見つけたのです。「人生の中で何を成し遂げたいのか?」、自分自身と向き合ったホゼは、さらなる自分の可能性を掛けて、26歳の時、移民としてここオーストラリアの大地にやってきました。


ホゼはここクイーンズランドで、サトウキビを刈る仕事を始めました。新しい土地でホゼを待ち受けていたもの・・・それは肌を焼くような灼熱の日差し、雨季には一日どしゃぶりの中での過酷な労働。ホゼのように移民で来た労働者は厳しい生活を嘆き悲しみましたが、ホゼは希望を見失わず夢を描き続け、必死に働き続けました。その後、サトウキビを刈る仕事で身に付けた知識と経験を活かし、自らオーナーとなって土地開発をしてお金を作り、力を付けていきました。この時、既にオーストラリアに来てから16年間という月日が流れていました。


そんなホゼはある日、あるものに心を一瞬にして奪われました・・・それは、熱帯雨林にたたずむ美しい"ミーナ滝"。


「ここは世界で一番美しい場所だ。ここに長年の夢である城を築こう」と心に決めました。ミーナ滝に立ち、滝を眺めながら、既にホゼの頭の中にはパークの全体像が完成され、建物の細部に至るまでも見えていました。


ホゼ、42歳。土地を購入し、遂にお城の建設がスタートしました。城・庭園のデザインは、故郷スペインに一旦戻り"マルガリータ"と結婚した後に、ハネムーンで訪れた数々の歴史的建築物や、スペインを代表するガウディの作品からヒントを得ています。そこにホゼ独自のアイディアを融合させ、図面を一切引かずに、頭の中の構想図に基づき建設をしていきました。滝を利用して造り上げたクイーンズランド初の水力発電所も、自然を愛したホゼならではのものです。


6年間、建設に熱中し、「自分のお城を持ちたい」という少年の頃の夢は形を変え、「誰もが楽しめる場所パロネラパーク」として1935年、遂に完成しました。


ロマンチックな外観をもつお城では、赤や青の光が点灯され、アメリカ製のミラーボールが幻想的な光を放つ中、ダンスパーティーや結婚式が豪華に行われていました。また土曜日の夜には、映画館として白黒でチャップリンなどが上映されていました。47段の大階段を下りたところには、カフェとして使用されたお城があり、マルガリータ特製のスペイン料理・スコーンを食べたり、広場でテニスの試合が行われる時は観覧席としても使われました。また滝沿いでは水泳やピクニックも楽しまれました。


パロネラパークは、第一次世界大戦後、厳しい時代背景を生き抜いた人々に安らぎと希望を与え、彼らの笑顔と感謝はホゼへ贈られました。こうしてパロネラパークは、誰もが認める社交場となったのです。


ここまでのホゼの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。言葉も文化も違う異国の地で一から始めるという事、画期的な建築おアイディア・構想は周りからバカにされ、労働者と同じ夢を共有するという事はとても難しく・・・しかし、ホゼは強い信念と情熱・努力で、不可能と言われた夢を現実のものへ変えていったのです。


1946年、大惨事が起こりました。パーク上流で土地開発のために切り倒された木々が激しい洪水と共にミーナ滝から流れ込み、たった 40分でパークに壊滅的な被害を与えたのです。翌日、絶望的に変わり果てたパークを目の前に、ホゼとマルガリータは震えが止まらず、無言の涙を流しました。しかし、ホゼはここで諦める事は出来ませんでした。彼等は再建へと夢をスタートさせ、再び人々が訪れるようになりました。


しかしこの頃、手術不可能であった胃がんはホゼの体を徐々にむしばんでいきました。建築家であり、経営者であり、父親であり、そしてドリーマーとして強く在り続けたホゼ・パロネラは、1948年8月23日、60歳でその生涯を閉じました。


ホゼの死後、パークは家族により運営されましたが、度重なる自然災害や、時代と共にパークで過ごす人々が少なくなり1977年、遂にパロネラファミリー以外に売却される事になりました。その後、新しいオーナーも見つかりましたが、1979年の大火災により建物内部が全焼し、1986年には台風・洪水がパークを再び襲い・・・輝かしい歴史を刻んだパークは廃墟化し、人々の記憶から忘れ去られた場所となっていってしまったのです。


それから時は流れ・・・1993年。オーストラリアをキャンピングカーで旅していたマーク&ジュディ夫妻がパロネラパークに訪れ、深い熱帯雨林に埋もれた滝と古城に心を奪われました。そしてこの場所をリサーチしたところ、一人のスペイン人の存在を知りました。二人はこのパークを蘇らせると同時に、今まで語られることのなかった創設者ホゼの夢ストーリーも蘇らせたのです。今日、ここで語られている物語は、この二人なら父親の想いを託せると感じた、ホゼの実娘テレサから伝えられたものとなっています。パークはその後、クイーンズランド州の観光賞、重要文化財も受賞し、さらにクイーンズランド州全土の観光地の中で、「Must Do No.1(絶対にいくべき場所 No.1)」に輝きました。こうしてホゼの夢は、世界中の人々に語り継がれています。


ホゼ・パロネラが長年の"夢"を"形"へと変えたパロネラ・パーク。

ここへ、何年もの時を越えて来られた皆さん。

メインテーマである The Dream Continues・・・(夢が続く)は、ホゼの夢が生き続けるという意味だけではなく、パークから何かを受取ったあなたが、今度は夢を形に変えていく時がきたという事なのです。


夢は想うものではなく、叶えていくもの・・・

ホゼ・パロネラの夢の続きを、あなたの夢の始まりに・・・。


パロネラパーク パンフレットより引用)


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