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旭川のソウルフード 旭川名物「新子焼き」を焼鳥専門店・ぎんねこで食す & 旭川空港のレルヒ像

旭川名物 新子焼き

旭川のソウルフード 旭川名物「新子焼き」
昭和25年創業の焼き鳥専門店・ぎんねこにて
平成29年(2017年) 6月22日 村内伸弘撮影



新子焼きとは若鶏の手羽も含む半身を焼いたもののことをいう。

旭川名物"新子焼き"の会 第3条 新子焼きの定義より



旭川市内に入り、空港へ行くバスの時間とにらめっこしながら、最後に旭川名物の「新子焼き」を味わおうと企画しました。


旭川のソウルフード 旭川名物「新子焼き」

旭川名物「新子焼き(若鶏半身焼)」


北海道旭川市の市民に愛される庶民の味、旭川名物「新子焼き」。手羽も含む若鶏の半身を焼く、シンプルで豪快な料理です。




「旭川市に立ち寄ることがあるならぜひ「新子焼き」をご賞味くださいね!」
ということでしたので、旭川5・7小路ふらりーとにふらりと立ち寄ってみましたw


旭川5・7小路ふらりーと(焼き鳥横町)


五・七小路ふらりーと町式目


五・七小路ふらりーとの様子


五・七小路ふらりーとの一番奥(反対からだと一番手前)に「ぎんねこ」さんがありました。


もうなんたって雰囲気が違います!昭和25年創業!!


「お肉は無冷凍!備長炭で直火焼き! 秘伝のタレを味わうまでは、素通りは許しませんぞ。」


庶民のごちそう 旭川名物 新子焼(若鶏半身焼)

庶民のごちそう 旭川名物 新子焼(若鶏半身焼)


戦後の旭川で誕生し

復興への

元気を支えた

旭川名物"新子焼き"は

今でも市民に

愛され続けている

庶民のごちそうです。

おじいちゃんも、おばあちゃんも、おとうさんも、おかあさんも、ぼくも、ぼくの子供も、みんな新子焼きで笑顔になった。


日本が復興へと力強く歩き始めた戦後の旭川で新子焼きは誕生しました。若鶏の半身を素焼きにした豪快な焼き鳥で今日の疲れを忘れるほどのおいしさに誰もが心を躍らせました。当時肉は高価な食材で頻繁に食べられるものではありませんでしたが、新子焼きに元気をもらい旭川は復興へと力強く歩き続けました。今でも新子焼きは庶民のごちそうとして愛され続けている世代を超えた旭川のソウルフードです。



素通りは許しませんぞ 笑


素通りは許しませんぞ~ はっはっは


ということで、中に入りました。
素通り禁止ですからねw


6/22 北海道の天気予報(テレビ画面)


新子焼き出てきました!タレ(奥)と塩(手前)のハーフ&ハーフです(^^)


旭川名物 新子焼(若鶏半身焼)

旭川名物 新子焼(若鶏の半身焼き) 確かに半身まるごと焼かれてます!!


お兄さんが食べやすいようにハサミでバチバチ切ってくれます。


さっそく食べてみると~ タレ味も塩味もどっちもおいしいです!!生後6週の北海道伊達産の生若鶏というだけあって香ばしくって、ジューシーです!!肉汁たっぷり、ボリュームたっぷりでお腹いっぱ~い


素通りしないでよかった~ 笑


ぎんねこの店内


壁掛けの黒電話~


店内のレトロな雰囲気が最高です!!


次は焼き鳥と男山で旭川を楽しみたいです。ああ、また戻ってきたいよ旭川に!!


焼鳥専門 ぎんねこの模型(ミニチュア)


やさしい店員さんが撮ってくれました。


5.7小路ふらりーと ぎんねこの前の村内伸弘

5.7小路ふらりーと ぎんねこの前で


さあ、これで旭川ともお別れです。


平和通買物公園(恒久歩行者天国)


マルカツデパート


旭川空港→富良野行きのバス(ふらのバス)に乗り込みました。空港が終点じゃないので、寝過ごすと富良野に行っちゃいます。寝られませんw


旭川駅前→旭川空港→富良野


旭川空港までの車窓


北海道はやっぱり"でっかいどう"


北海道的過ぎる~ 車窓がこんなにも素晴らしいのは北海道ならではです!!


旭川空港が見えてきました。


旭川空港に到着っ



さすが彫刻の街、空港内にも銅像がありました。

旭川空港内のテオドール・フォン・レルヒの銅像(レルヒ像)


THEODOR VON LERCH


日本スキー技術の黎明

かれありてなる

われら永遠の師

その名こそ

テオドール・フォン・レルヒ


平成2年9月15日建立 制作者 北村善平


北海道スキーの発祥は、明治45年2月20日、オーストリアの軍人、テオドール・フォン・レルヒ中佐によってもたらされた。


レルヒ中佐は、1869年ハンガリー領プレスブルグに生まれ、1891年ウィーン士官学校、さらに 1896年参謀学校を卒業、武官の道をすすんだ。一方彼は、世界アルペンスキー術の創始者マチアス・ツダルスキーの指導を受けて技術を磨くとともに、白銀の山野を舞うスキーの魅力に惹かれ、スキー術の普及に貢献した。


明治45年2月6日、レルヒ中佐は、前任地の新潟県高田市から転任、旭川第7師団に着任した。彼の旭川滞在は 7か月と短いが、良質な雪に着目し、早速、第7師団将校、旭川郵便局員等を対象にスキー術の講習を始めた。その指導は、熱意に溢れた懇切さに加えて、安易な妥協を許さぬ厳格なものであり、彼が体得したスキー術のすべてを伝授した。まさに北海道スキー開拓の父であり、恩人である。


旭川市開基100年にあたり、スキー黎明期への追憶のよすがとして、この像を建立する。


平成2年9月15日

レルヒ中佐顕彰像建立期成会

名誉会長 板東 徹  会長 松田 忠男


旭川空港の駐車場の脇から見えた景色


旭川空港の管制塔


レルヒ像


北国の思い出に - 旭川生まれの美味しさ 「き花」


お土産に買いました!モンドセレクション連続金賞受賞 日本一認定 霧華の思い出 - 北海道銘菓「き花」。


オホーツク 塩バターキャラメル オホーツクの塩使用【北海道限定】


定刻 19:35の AIR DO 88便で東京に帰ります。



機内にて

旅と私 萩原 亜咲(はぎわら あさき) - AIR DO 機内誌「rapora」


旅と私 萩原 亜咲(はぎわら あさき)

旅は自らの壁を乗り越える貴重な時間


時間ができると、真っ先に飛行機を予約して旅に出かけるという。「思いがけない景色や、人との出会いに刺激を受け、漠然としていた考えがまとまることも多くあります」。旅は自分を見つめ直す、大切な時間だ。


クライマーの萩原亜咲さんの旅と私、とても共感できます!
今回の旭川もそうでしたが僕も旅から実に様々なことを教わって、旅の途中に自分自身を見つめなおすことができています。



羽田空港到着。


羽田空港は「世界一、きれいな空港。」


京急で品川駅へ


渋谷から明大前へ、そして八王子へ。


僕の旭川の旅が終わった。



▼今回の旭川旅行
旭川出身・三浦綾子「喜んで生きていける」 京成で羽田空港へ、出発遅延したAIR DOで旭川へ
旭川3・6街(サンロク街)、井上靖のナナカマド文学碑、旭川ラーメン
旭川・神楽岡のプラタナス並木路(ロマンティック街道)の緑がうつくしい!
旭川スタルヒン球場とスタルヒン通り、旭川八景の旭橋
旭川のソウルフード 旭川名物「新子焼き」を焼鳥専門店・ぎんねこで食す & 旭川空港のレルヒ像



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