儒学のメッカ 湯島聖堂・昌平坂学問所の大成殿(孔子廟)、孔子像

湯島聖堂(昌平坂学問所) 大成殿

湯島聖堂(昌平坂学問所) 大成殿
平成29年(2017年) 6月5日 村内伸弘撮影



徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690年)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797年)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。


明治維新を迎えると聖堂・学問所は新政府の所管するところとなり、当初、学問所は大学校・大学と改称されながら存置されましたが、明治4年(1871年)これを廃して文部省が置かれることとなり、林羅山以来240年、学問所となってからは75年の儒学の講筵は、ここにその歴史を閉じた次第です。



湯島聖堂(ゆしませいどう)がありました。JRお茶の水駅で下車して、秋葉原方面に向かって歩いていたら、道の左側にありました。そういえば、湯島天神は行ったことあるけど、湯島聖堂は行ったことないな~と思って、急いでいたんですが入場無料の湯島聖堂に突入し、超駆け足でその重厚な雰囲気を味わって、写真だけ撮ってきましたw



湯島聖堂って、皆さんは行ったことありますか?


中央線沿いの東京23区のど真ん中なのに、鬱蒼と木が生い茂っていて、すっごく落ち着いた雰囲気の場所でした。ちょっと怖いぐらいに暗い感じでしたけど、もう初夏なので僕的には涼しくって良かったです。


五代将軍綱吉とか林羅山とかが出てくる史跡ですので、やっぱりそれなりのムードを漂わせていて素晴らしかったです。


JRお茶の水駅で下車して歩き始めます。


梅雨入り前の初夏の青空が広がっています。


道の向こう側になにやら、古式ゆかしい塀が続いています。


石垣の上に鎮座している見事な築地塀


近づいてみるとこんな感じです!どうやらここはあの幕府直轄の学問所「昌平坂学問所(湯島聖堂)」のようです。こんなところにあるとは 49年間知りませんでした。


相生坂(昌平坂/しょうへいざか)


相生坂 (昌平坂)


神田川対岸の駿河台の淡路坂と並ぶので相生坂という。


「東京案内」に、「元禄以来聖堂のありたる地なり、南神田川に沿いて東より西に上る坂を相生坂といい、相生坂より聖堂の東に沿いて、湯島坂に出るものを昌平坂という。昔はこれに並びてその西になお一条の坂あり、これを昌平坂といいしが、寛政中聖堂再建のとき境内に入り、遂に此の坂を昌平坂と呼ぶに至れり」とある。そして後年、相生坂も昌平坂とよばれるようになった。


昌平とは聖堂に祭られる孔子の生地の昌平郷にちなんで名づけられた。


 これやこの孔子の聖堂あるからに

    幾日湯島にい往きけむはや 法月歌客


文京区教育委員会   昭和53年3月



史跡湯島聖堂


■湯島聖堂と孔子

「孔子」は、2500年ほど前、中国の魯の昌平郷に生まれた人で、その教え「儒教」は東洋の人々に大きな影響を与えた。儒学に傾倒した徳川五代将軍綱吉は、元禄3年(1690年)この地に「湯島聖堂」を創建、孔子を祀る「大成殿」や学舎を建て、自ら「論語」の講釈を行うなど学問を奨励した。


■昌平坂学問所跡

寛政9年(1797年)幕府は学舎の敷地を拡げ、建物も改築して、孔子の生まれた地名をとって、「昌平坂学問所」(昌平黌ともいう)を開いた。学問所は、明治維新(1868年)に至るまでの 70年間、官立の大学として江戸時代の文教センターの役割を果たした。学問所教官としては、柴野栗山(しばの りつざん)、岡田寒泉(おかだ かんせん)、尾藤二洲(びとう じしゅう)、古賀精里(こが せいり)、佐藤一斎(さとう いっさい)、安積艮斎(あさか ごんさい)、塩谷宕陰(しおのや とういん)、安井息軒(やすい そっけん)、芳野金陵(よしの きんりょう)らがおり、このうち佐藤一斎、安積艮斎らはこの地が終焉の地となっている。


■近代教育発祥の地

明治維新により聖堂は新政府の所管となり、明治4年(1871年)に文部省が置かれたほか、国立博物館(現国立博物館・国立科学博物館)、師範学校(現筑波大学)、女子師範学校(現お茶の水女子大学)、初の図書館「書籍館(現国立国会図書館)」などが置かれ、近代教育発祥の地となった。


■現在の湯島聖堂

もとの聖堂は、4回もの江戸大火に遭ってその都度再建を繰り返すも、大正12年(1923年)関東大震災で焼失した。今の建物は昭和10年(1935年)鉄筋コンクリート造で寛政の旧に依って再建され、今日に至っている。入徳門は宝永元年(1704年)に建てられたものがそのまま残っており、貴重な文化財となっている。



昭和11年3月の説明文


それではさっそく中に入って、大成殿(孔子廟)まで行ってみます。


斯文会館


仰高門(ぎょうこうもん)


おー、JR御茶ノ水駅の真ん前でこの雰囲気!し、信じられません!!


うわーっ!すごいいい感じです。


もしかすると、この木はモッコクでは・・・?


"庭木の王様" モッコクでした!!
見事なモッコクです!このモッコクを見ることができただけでも大満足です!!


"世界で一番高い" 孔子銅像


この孔子銅像は昭和50年(1975年)台湾・台北市のライオンズ・クラブからの寄贈されたもので、世界で一番高いそうです。値段じゃないですよ、高さが高いです(笑)


いかにも、台湾っぽいつくりですね(^^)/


楷の木(楷樹/カイノキ)


楷の木は帰りにじっくり見ることにして、大成殿に急ぎます。


この築地塀の面は道から見えていた面の裏側になります。石垣の上に乗っています!この塀、裏側から見てもすごいステキです!!


いろいろ興奮しながらも、どんどん大成殿(孔子廟)に向かって早足で歩いていきます。


入徳門(にゅうとくもん)


都内って意外と緑が多いんですよね。東京って、東京砂漠とか言ってコンクリートジャングルのようなイメージもあるんですが、東京23区こそ、実は緑の楽園かもしれません。


杏壇門(きょうだんもん)


大成殿が杏壇門の向こう側に見えてきましたっ




ウォーッ!!

大成殿(たいせいでん) ※大成とは孔子廟の正殿の名称


ジャジャーーン!


日本っぽくな~い!中国みた~~い!!皇帝とか出てきそう(笑)


でも、元あった建物群は関東大震災でほぼすべて焼失したそうですので、それほど古い建物ではありませ~ん。


ここは霊廟(儒教の創始者・孔子の霊を祀った建物)ですので、手を合わせている人がいました。スミマセン、僕は特に手は合わせませんでした。儒教は宗教とは思えないからです。儒教は学問だと僕は思っています。


薄い緑色の甍と白い雲と水色の空、すべて美しいです!!


大成殿の額


こう見ると東京の空も捨てたもんじゃないと思えます。


6月初旬、もう夏が近いです。


湯島聖堂の絵馬


祈願湯島聖堂 大願成就(湯島聖堂の絵馬)



僕も江戸時代に生まれていたら、ここで「論語」とかを学んでいたかもしれませんね。歴史ロマンです。江戸時代ってけっこう面白いです。東京は江戸だったので、都内には江戸時代の史跡がかなりあるので、いつの日か、ブラタモリの如く、江戸の史跡めぐりでもしてみたいなあ~☆


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聖木・孔子の木~!東京・湯島聖堂の楷の木(楷樹/カイノキ)



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